Joao Gilberto at 東京国際フォーラム ホールA (Tokyo)

今日は東京国際フォーラムにジョアン・ジルベルトを観に行きました。

三度目の来日という事ですが、僕は初見。フォーラム自体も、確かロジャー・ウォーターズの来日以来なので、久しぶりに入りました。

日本公演でのホームグラウンドでもある東京国際フォーラムで数々の伝説を残してきた「ボサ・ノヴァの父」ですが、この日も開演時間が近づくと、「まだ会場に到着していません」との場内アナウンス。1時間遅れは覚悟の上、という常連さんも多いらしく(チケットにも「出演者の都合により開場時間が遅れる場合があります」と書かれているわけで、わざわざ書くぐらいなんだからそりゃ相当遅れるんだろう、ってことは想像がつきますが)「しょうがねえなあのオヤジは」というような溜め息まじりの笑いがホール中から漏れ、やれやれといった感じで次から次へとロビーへと退出。会場内に残っている人も、友達同士で談笑する人、本を読む人、新聞を広げる人、ゲームボーイに没頭する人など様々。皆さん、これからが長いんだよ、という覚悟で臨んでいたようです。

その後も20分置きに「まだ会場に到着していません。到着次第お知らせいたします」という、なんだか有り得ないようなアナウンス(だって開場時間、じゃなくて開演時間が過ぎてんだから)が繰り返されていました。

50分ほど経つと「只今ホテルを出ました」とのアナウンスに場内爆笑。ようやく開演の目処がたってほっとする5,000人。うーん、これだけでエンタテインメントとして成立してしまうなんて、恐るべし75歳。

結局、1時間強の遅刻で御大のご登場。ジョアンの希望により、空調はOFF。客席から聞こえる咳払い以外は全くの無音のような状態で、ギター一本抱えて「ぼそり」と彼が声を発した途端、5,000人を収容する大会場が彼の手の中にすっぽりと収まってしまうような不思議な感覚に襲われました。

僕は2階席の前から5列目で、演奏が始まるまで、たった独りの老人の演奏を聴くには物足りないポジションのようで不安だったんですが、彼の甘い囁き、一音一音がうっとりとするように響くギターの音は、一瞬にして聴き手との距離を無くしてしまい、まるで彼の家に招かれて、不意に横に立てかけてあったギターで、思いつくままにほろりと歌い始めたかのような幻覚に襲われ、氏の洗練された緊張感の中に、ある種のアットホームな空気すら感じてしまいました。

公演ごとに曲目も曲数もバラバラだという(パンフレットに載っていた過去のセットリストを見ても20曲で終わってる日もあれば45曲も演ってる日があるという自由奔放さ)彼のこの日の演奏も、緻密に曲順を練り上げたもの、というよりも、彼の頭の中にある膨大なライブラリの中から、自然とこぼれ出てきたものを弾いているようで、いつ終わるのか/いつまで続くのか、というような感覚が溶けてなくなってしまうような贅沢な時間が、歌い出しの時に感じる興奮と曲の最後に思わず漏らしてしまう溜息を重ねながら過ぎてゆき、何十曲演ったのだろうか、気がついたらジョアンが立ち上がり、「今日はこれでおしまい」というようなさり気ない素振りでお辞儀をし、静かに退場。

半ば放心状態で氏を見送り、無心に拍手を続けていると、真っ暗だった会場に客電が灯り、場内アナウンスがこの日の公演の終了を告げていました。

5,000人の観衆と同じ空間にいながら、まるで「独り占め」したかのような満足感に浸りながら東京駅に向かう途中、開場時間である16時から、ロビーでゆったりと時間の流れに身を委ねる1時間、開演予定時刻の17時から、いつ御大が姿を見せるのか、終電を気にしながら(何せ京都へ日帰りですから)そわそわしている1時間。そして目眩がするほど官能的な2時間。ここで過ごした全ての時間は、この上なく贅沢だったんだなぁ、と、しみじみ思い起こしていました。

彼は、あらゆる意味で時間を超越した存在、なのかも知れません。

(「Chega de Saudade」が、今日のあの瞬間、あくまでも自然にフォーラムのホールに響いた事と、彼がホテルを開演50分後に立った事とは、間違いなくつながっているはず)

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3 comments on “Joao Gilberto at 東京国際フォーラム ホールA (Tokyo)

  1. マサヨシマサシ

    晩年の五代目古今亭志ん生のエピソードに、高座の最中に居眠りしたものの、お客さんたちは「そっと寝かしておいてやってくれ」「たとえ眠ってても目の前に志ん生がいてくれればそれでいい」とそのままにしておいたとか。
    「只今ホテルを出ました」って、それに通じるいい話だなあ。っていうか、すんごく笑っちゃいました。

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  2. 石黒

    志ん生のエピソードは有名ですよね。
    ジョアンの場合は、途中で帰ったりコンサート自体すっぽかしたり、奇行も有名なんだとか。
    前回来日時も、途中で20分ぐらい全く動かない事があったらしいです。
    (実はそのとき彼は、開場中に響き続けていた拍手のひとつひとつに聴き入っていたんだそうです)
    公演チケットに「最後の奇跡」ってサブタイトルが付いているんですが、こんな奇跡のようなコンサートが生み出せるのは、本当にこの人が最後なんじゃないかという気になってしまいますね。

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  3. ナポリを見てから死ね!

    涅槃

    ジョアン・ジルベルトが今年も日本にやってきます。ボサノバは日本でもブームになってジョアンのことを知ってる人も多いと思うんですが、もうやっぱボサノバとえばジョアン・ジルベルトなのです。ジョアンの

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