フランク・ザッパとアナログ・レコード、その間に存在する歴史と関係性、そして潜在能力


フランク・ザッパの初期3作のベスト盤「Mothermania」のアナログ盤が180g重量盤で再リリースされました。60年代にリリースされた、ザッパ公式による初のベストであり、そしてバージョン違いが多数収録された、タイトル通り非常にマニア向けな1枚です。ずっと中古盤で探していたので購入したんですが……。

「Mothermania」アナログ盤の話はひとまず置いておき、ザッパのアナログ盤リリース史について簡単に振り返ってみます。

ザッパは93年に他界していますが、86年の「Does Humor Belong In Music?」がCDのみでリリースされて以降、作品によってアナログのリリースがなくなり、「Broadway the Hard Way」以降、生前は殆どがCDオンリーとなりました。2000年代に入り、DVD-Audioや配信のみでのリリースを挟みつつ、CDでの発掘音源を怒涛のようにリリース。2008年からアメリカで「レコードストアデイ」が始まりますが、ザッパ作品としては2012年、「Why Don’cha Do Me Right/Big Leg Emma」7インチがリリースされているのが21世紀最初のアナログ盤のようです。その後「Finer Moments」以降、過去作のリイシューを始め、並行してレコードストアデイ限定でもリリースを行い続けています。ザッパのアナログ盤復活は、世のレコードブームと共に歩んでいると言えるかもしれません。

最近では「Zappa In New York」「Orchestral Favorites」などが周年企画としても再販されていますが(「Mothermania」も69年なので50周年記念盤ということでしょう)、それよりも、これまで一度もアナログ化されていない「The Best Band You Never Heard In Your Life」「The Yellow Shark」を出して欲しい、というのが正直なところです。

「デジタル録音された作品をアナログレコード化する意味はあるのか」と思われる方もいらっしゃいますが、ザッパは83年「London Symphony Orchestra」でオーケストラのデジタル録音を行なっており、同作はアナログ盤でリリースされています。

ここで音楽業界におけるデジタル録音の歴史について軽く触れておきます。

1972年、スメタナ四重奏団によるモーツァルト弦楽四重奏第15・17番の録音が、世界初の商用デジタル録音ということになります。デノンを作った人— 穴澤 健明さんに詳しく書かれていますが、当時デジタル録音は「高音質化」を目的としていました(そして当時は「デジタル録音」という言葉も存在せず、「PCM録音」と呼ばれていたようです。当時のレコードを買うと、どこにもデジタルという言葉は見当たりません)。今だとPCMと聞くと、元のアナログ波形を圧縮・劣化させるものというイメージがあり、とかくビット数や周波数のことばかりが取り沙汰されますが、13bit/47.25kHzという当時のスペックによる録音が、現在のハードディスク・レコーディングの録音と比べて聴き劣りするかどうか、聴き比べてみると良いかと思います。

ちなみに、PCM自体は元々電話回線における通信の多重化・効率化・高品質化を目的として1937年にイギリス人アレックス・リーブスによって考案されたものです。技術的な問題から、具体的に研究が進められる(ベル研究所による)のは1946年、翌年、実機による実験が行われ、1948年に完成を迎えます。その後1953年、喜安善一が磁気テープへのPCM記録の特許を出願したのがオーディオへの応用の始まりです。

閑話休題。ザッパの録音史を振り返ると、モノラルからステレオ、アナログからデジタル……という音楽シーンの変遷も垣間見ることができます。初期作品はモノラル盤とステレオ盤が並行してプレスされ、アナログ盤は1986年より過去作が順次CD化されるとともに、この年の「Does Humor Belong In Music?」はアナログをプレスせず、CD(とVHS)のみのリリースとなりました。その後、同年「Jazz from Hell」、1988年「Guitar」「You Can’t Do That on Stage Anymore Sampler」「The Helshinki Concert」「Broadway the Hard Way」でアナログとCDを併売しましたが、1991年「The Best Band You Never Heard in Your Life」からはCDに一本化されました。また、1985年から87年にかけて、「Old Masters」というアナログボックスのシリーズをリリースしていますが、ここでの過激なリミックスやリレコーディングが物議を醸し、現在リリースされているCDは85年以前のオリジナルを元にしているようです。

ザッパの録音作品として、音質的に良好なものは、70年代前半のわずかな時期に集中しています。72年「Waka/Jawaka」から、75年「One Size Fits All」あたり、つまり、大怪我をしてマザーズを解散し、怪我の療養をしながら立ち上げたビッグ・バンド期、そしてロキシー公演や「The Helshinki Concert」でお馴染みの腕利きメンバーで固めた時代の録音です。これ以前の作品は魅力のある録音もありますが、ややロー・ファイな感は否めません。これ以降の作品は、加工が過剰になっていき、音の質感が死んでしまっていたり、薄っぺらかったり、妙に高域がキツかったりと、あまりバランスしていません。

ところが不思議なことに、68〜71年の演奏を集めた2012年リリースの「Finer Moments」は、意外にも臨場感のあるサウンドです。アナログ盤の外装に「Audiophile Quality」と書かれたステッカーが貼ってあって、「たかが180gの重量盤ってだけで冗談きついな」と思っていたら、いやいや、なかなかのものでした。

その他にも没後リリースされた作品の中には、生前録音の良くなかった時代の作品もいろいろ出ていますが、その多くが重量感、立体感のある良好な音質です。

「これってザッパが悪かったんじゃ……」と思わないではないですが、しかし88年「Broadway the Hard Way」のアナログ盤は、実は思いの外音が良かったり、同年のライブを収録した「The Best Band You Never Heard in Your Life」と「Make A Jazz Noise Here」、晩年の「The Yellow Shark」、そして死後リリースされた「Civilization Phaze III」を聴くと、音の通りが良く、臨場感もあり、「You Can’t Do That On Stage Anymore」シリーズの音のショボさはなんだったんだと思ってしまいます。

加工に手間のかかった作品ほど音に難がある傾向はありつつも、晩年のザッパが試行錯誤の中で音に関して「何か」を掴みかけていた可能性も結構あるのではないかという気がします。

さて冒頭の「Mothermania」アナログ盤に戻ります。先に書いたように、初期の録音はロー・ファイな印象がありますが、再発盤を聴いてびっくり。ロー・ファイ感は同じですが、音のクリアさや分離の良さが全然違います。思えば初期作品は、ヤフオクで購入した古いLPなので、盤質もそれなりに劣化していて、実際の録音以上に古ぼけて聴こえていましたが、パチパチノイズも無く、輪郭のはっきりした音で聴くと、実に心地良い。こうなると現在リリースされている過去作の再発アナログ盤も買っておきたい気分になってきますが、しかしやはり現代技術を使って未アナログ化作品がどこまで好転するのか、そこに進化を問いたい気もしてくるわけです。

というわけで、未アナログ化作品の中に、まだまだポテンシャルが秘められているのではないかという希望と期待を込めて、今後もZAPPA RECORDSからのリリースに注目していきたいと思います。

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