キツネの嫁入り at UrBANGUILD (Kyoto)

この日はUrBANGUILDキツネの嫁入りを観に行きました。

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ワンマン公演ということで、前半は過去の曲、後半は新曲という二部構成で、現在進行形のキツネの嫁入りの音楽を余すところ無く披露。

最近のイベント出演時は新曲に絞っているためセットリストから外されることの多い旧曲たちは、現在のバンド編成でパワフルかつタイトに変貌していました。「群れをなす」での木琴の響きに、「ああ僕はキツネの嫁入りというバンドを“こういうバンド”だと思い込んでいたなぁ」と思い返してみたり。結局それはこのバンドのいち側面でしかなかったわけですが、やはり未だに一番好きな曲でもあります。

しかし、前半の白眉はラストの「答えとして」。メンバー全員によるエンディングのクワイアの圧倒的なスケール感は、これまで聴いてきたキツネの嫁入りの新機軸の中でも飛び抜けて異質かつ美しいパフォーマンスでした。

後半のオープニングはマドナシ、ひーちゃんのデュオによる演奏(「キツネの嫁入り前夜」という名前で演奏していましたが、名前は変更する予定だそうです)。「死にたくない」「やさしいうた」というタイトルからしても、フォークソング的な全然別のスタイルでの演奏のように思えてしまいますが、二人の“あの声”が響いた途端、否応無しに「キツネの嫁入り」以外の何者でもない楽曲になります。

その後の新曲たちの、時に激しい転調を見せ、時にパンキッシュに疾走する、様々な音楽的要素をごった煮にして生み出されたその姿形に耳を傾けながら、「キツネの嫁入り」が、編成を変え、楽器を変え、曲調もスタイルも大胆に新しい要素を取り入れながらも「キツネの嫁入り」として違和感無く成立してしまうのは、二人の声とリリックが生み出す、悲喜こもごもを客観視する目とその渦中で右往左往する現実的視点が交錯した白昼夢のような世界観が確固たる個性を放って中心に据えられているからなのではないか、と考えていました。周辺事実を描くことで、中心にある感情や存在を浮かび出させる(その点はMCでも共通するところですが、ラーメンネタになった途端、一気にド真ん中からダイレクトに話し始めるという……)、シニカルに見えてその実後ろから優しく手を添えてくれるような温もりのある歌の数々。

それは、過去から現在まで総ざらいで聴くことの出来るワンマンだからこそ感じられたところかもしれません。ワンマンというのは、バンドに潜在しているものを顕在化することでもあるんですね。

あと、この日気づいたのは、マドナシ、ひーちゃん二人の声質が以外に似てるということ。ファルセットで歌うと、結構同化してましたね。

セットリストは以下+アンコールで「東西南北」。終演後に2ndアルバムに収録される「俯瞰せよ、月曜日」の最終ミックスがボーナス・トラック的にかけられていました。

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いつも通りの世界の終り。
いつも通りの世界の終り。 キツネの嫁入り

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