ホライズン山下宅配便「ホランソロジー」から聴こえてくる、水平線の“向こう”と“こちら”のサウンド

初期の音源が入手不可能であるホライズン山下宅配便の謎について理解を進めるために、これまで「ホライズン山下宅配便「期待」という曲についての妄想5,000字解説」「ホライズン山下宅配便「りぼん」はなぜ怖がられたのか」という記事を書いてきましたが、そのホライズン山下宅配便が、先日ライブ会場限定で新たな音源「ホランソロジー」をリリースしました。

ホランソロジー

「ホランソロジー」とは何なのか。ホライズン山下宅配便にとって本作がどんな意味を成すのか。アルバム解説や公式サイト掲載のバイオグラフィー、ディスコグラフィーなど、様々なヒントをパッチワークしながら探ってみたいと思います。

【墓暴きの功罪】

「Joe’s Corsage」は、フランク・ザッパの死後10年以上が経過した2004年にリリースされました。ザッパは極度の記録マニアで、ステージでの演奏、スタジオワーク、果てはインタビューやツアー先でのメンバーの会話に至るまで、約30年に渡り可能な限り録音し、アーカイブしていました。その録音テープは作品の素材として死の直前まで活用されていましたが、多くは今もザッパ家の倉庫の中に眠り続けています。

ツアーの合間から死の直前まで編集作業に明け暮れていたザッパの手元には、日の目を見なかった編集済みのマスターから編集途中で終わっているものまで未発表作品が大量に残り、死後、遺族の手によって様々な形態でリリースされています。中でもマニア向けのシリーズと言えるのが「Joe’s 〜」シリーズです。タイトルはザッパ1979年の作品「Joe’s Garage」をもじったもので、発掘音源の整理を担当しているプロデューサーのジョー・トラヴァーズ(ドラマーでもあり、ザッパの子息・ドゥイージルの作品に参加したことがザッパ家と親密になるきっかけ)の名前にかけています。

その第一作である「Joe’s Corsage」は、ザッパの公式デビューバンド“The Mothers of Invention”結成40周年を記念してリリースされたものです。それまで“Soul Giants”と名乗っていた同バンドにザッパが加入し、彼がリーダーシップを取る中で、まず64年に“The Mothers”と改名し、翌年MGMレコードと契約した際、バンド名の変更を要請されて“The Mothers of Invention”と名乗るようになりました。その翌年に1stアルバム「Freak Out!」をリリースすることになりますが、「Joe’s Corsage」はその前夜、デビューに備えた下積み時代の発掘音源集です。

ホライズン山下宅配便のフロントマン・黒岡まさひろ氏が、同バンドの初期音源集「ホランソロジー」の紹介文の中で、「Joe’s Corsage」についてこう触れています。

「ただただフランクザッパと、バンドのマザーズが永遠と音を重ねたり、練習したり、ザッパが指示したりする緊迫感が入った音源だ」

「ホランソロジー」は、2003年2月21日から2005年2月9日まで、全8カ所で収録されたものから選曲されています。公式サイトのバイオグラフィーによると、2003年はまだ「ライダーキック」として活動していた時期です。その後2004年に「ホライズン山下宅急便」となり、今のバンド名に落ち着くのは「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょんぴょん」をリリースするタイミングで,ヤマト運輸の登録商標である「宅急便」を改名せざるを得ないという理由から、ということで、改名は同作リリースの9月辺りと思われます。つまり、2005年2月9日までの演奏のみで占められた本作には、厳密に言うところの「ホライズン山下宅配便」のパフォーマンスは一切収録されておらず、言わば現在のバンドの体を成す前の「アーリー・イヤーズ」ということになります。そういう意味では、前身バンドの音源は一部に留まるBeatlesのアンソロジーよりも「Joe’s Corsage」の方が「ホランソロジー」に近いと言えますが、今後2005年以降の音源を「ホランソロジー2」「ホランソロジー3」とシリーズとして編んでいくとすればこの限りではありません。

また、バンド名の変遷(Soul Giantsにザッパが加入〜The Mothersに改名〜レーベルからクレームがつきThe Mothers of Inventionに落ち着く)についてはホライズンのバンド名の変遷と驚くほど酷似しています。しかしながらこの「ただただフランクザッパと、バンドのマザーズが永遠と音を重ねたり、練習したり、ザッパが指示したりする緊迫感が入った音源」ですが、これは「Joe’s Domage」のことである可能性があります。

「Joe’s Domage」は「Joe’s Corsage」に続いてリリースされたザッパのレア音源集。前述の通りジャケットは笑顔のザッパですが、足を組んで椅子に座っています。内面の写真を見ると前身の映っているカットが載っているのではっきりと分かりますが、彼が座っているのは車椅子です。

1971年12月、ロンドンのレインボー・シアターのステージに立った彼は、演奏中に観客からステージ下に突き落とされ、重傷を負います。こちらにあるマーク・ヴォルマン(当時のマザーズのボーカリスト)のインタビューを読むとどれだけの大怪我だったかが分かりますが、同インタビューにある「どっかのガキが照明弾を撃ってカジノが全焼した」「火事ですべての機材を失った」モントルーでの事件現場には、レコーディングのために集まっていたDeep Purpleのメンバーがおり、その一部始終を歌詞にしたためたものを“Smoke on the Water”として翌年発表し、あの印象的なギター・リフによって、彼らの名をロック史に深々と刻み付けることとなります。

モントルーのステージを使ってレコーディングをしようと計画していたDeep Purpleが録音できずに方々を転々としている間にザッパは病院送りとなり、しばしの療養生活を余儀なくされます。それまでに予定されていたコンサートは当然中止、バンドも解散(Mothersは、その初期より“ザッパがメンバーを雇う”形で運営されていたので、ギタリスト抜きで活動を継続するということはあり得ませんでした)。まさに満身創痍と言える状況でしたが、神経が電柱のように太いのか極度に鈍感なのか、ザッパはここぞとばかりにジャズ/フュージョンのビッグバンドの構想を病床で練り始め、翌年春には2枚のアルバムをレコーディング、夏にはそのうちの1枚「Waka/Jawaka」をリリース、9月に20人編成のビッグ・バンドでツアーを開始し、その後10人編成に縮小して年末まで演奏を続け、12月に2枚目のビッグバンド作品「The Grand Wazoo」をリリースします。

「Joe’s Domage」は、そのビッグ・バンドのリハーサルテープを収録したものです。字義通りの“リハーサル”を録音していたもので、車椅子に座りながらギターを弾くザッパの指示の下、幾人もの演奏家が徐々に音を積み上げている過程がそのまま聴こえて来ます。難解なパートを何度も繰り返し演奏するシーンや、結局作品には入らなかったパートの練習風景(特に“The Adventures of Greggery Peccary”は同バンドとしてのスタジオ作品としてはリリースされず、その演奏の全容はザッパの死後発表されたライブアルバム「WAZOO」に収録されることで初めて陽の目を見ているので、ザッパ本人は一切世に出すつもりの無かった音源と言えるでしょう)など、黒岡氏の言う「永遠と音を重ねたり、練習したり、ザッパが指示したりする緊迫感が入った“曲の体を成していない”音源」として、ザッパマニアにはたまらなく面白い一作となっています。

「Joe’s Corsage」にしろ「Joe’s Domage」にしろ、「デートで使うドライブ中によく聴」くには、彼女がザッパ好きでもないといささかハードルが高過ぎはしないかと思いますが、彼女(今の妻)の家に初めて泊まった際に夕食中に「Does Humor Belong in Music?」を観せた筆者の言えたことではないかも知れません。

「ホランソロジー」を作るにあたって同じくインスパイアされたというBeatlesのアンソロジー、そして「ホランソロジー」、この二つとザッパの未発表音源集との大きな違いは「アーティスト本人の死後か否か」ということです。Beatlesはジョンの他界後ではありますが、残り三人の監修のもと、レコーディングまで行っているので、そういう意味では全く性質の違う作品と言えるでしょう。

つまり「アーティスト本人の死後か否か」は、「アーティスト本人の意図した作品か否か」という問題となります。完璧主義者であったザッパは、制作過程を垣間見せたり未完成品を是とせず、膨大にハサミが入りダビングの行われたもののみをリリースしていました。死後のザッパ作品のいくつかは、そういう意味で、生前ならば決してリリースされなかったであろうものが多数あるわけですが、逆に言えば、生前ザッパのフィルタを通してしか見ることのできなかった彼の作品の世界を、「ザッパの家族」という別の角度、そしてザッパが過剰に手を加える前のNakedな状態で聴くことができるわけで、ファンにとっては新たな発見に溢れた興味深いものとなってくるわけです。

黒岡氏が好んでザッパ死後の発掘音源を聴いているということは、つまり「アーティスト本人は聴いて欲しくなかった」部分に興味を抱いているということで、自身の「本意でない」部分を半ば露悪的に世に出すことが客観的には面白いであろうことを自覚しながら、バンドを俯瞰して第三者的に編んだのが「ホランソロジー」なのかも知れません。事実、黒岡氏は「この音源は、今のホライズンの状態ではないし、今僕たちが意図してやっている、もしくはやろうとしているものからはみ出している、むき出しの状態である音源である」と書いています。

しかし、ここまで書いておいて覆すようですが、本作と最も近いザッパの作品は、「Joe’s Corsage」でも「Joe’s Domage」でもなく、「You Can’t Do That On Stage Anymore」シリーズでしょう。

「You Can’t Do That On Stage Anymore」シリーズは、ザッパ最後のツアーが行われた1988年から、死の前年である1993年までにリリースされたライブアルバムのシリーズです。それぞれ2枚組で、約20年のキャリアの中で録音された膨大なライブ素材を切り刻み、時間を飛び交い、時に1曲の中で複数の時代が混在(ギターソロのみ別の日の演奏、曲の後半で10年後の演奏に飛ぶ、など)しながらほぼノンストップでCD収録時間いっぱいまで疾走する2枚組・6タイトルは、ザッパ・ミュージック最大の醍醐味「ライブ・パフォーマンス」を心行くまで堪能できる極上のシリーズとなっています。

これが「ホランソロジー」と酷似しているのは、「ホランソロジー」も2003年から2005年までの録音を撹拌してひとつの流れを作り出し、CD収録時間いっぱいまで全29曲収録しており、どちらも「ライブアルバム」のようでいて、実はデモ音源も収録されているということ、そして一聴しただけではその境目が分からないように混ぜこぜに構成されているというところです。ライナーノーツに各曲の解説に加えて録音年月日と場所が記載されているが歌詞は載っていない、という点も共通しています(「You Can’t Do〜」の日本盤には歌詞も掲載されていました)。

特に注目すべきは「You Can’t Do〜」のVol.5のDisc1。1966〜69年の音源が収録されています。つまりデビューから初期マザーズ解散前の演奏ですが、当時のマザーズは、その後の、卓越したミュージシャンを雇い入れ、難解な楽曲を実演するための最強バンドをツアーの度に編成していたスキルフルなバンドではなく、レギュラーメンバーが日々アバンギャルドでスカムなパフォーマンスを繰り広げていた時代です。当時ザッパとの交流があり、ザッパの作品にも参加していたエリック・クラプトンによる目撃談にこんなものがあります。

「マザースはガーリックシアターに出演していたんだが、ライブが終わる頃には客なんて一人も居なくなっていた。一人もだぜ!彼らは毎晩実験的なことをして遊んでいたんだ。ホームレスの女性や海兵隊のような毛色の違う人々をステージに上げて、フランクはバンドの演奏中に座り込んで誰かと喋っていた。狂気の沙汰だよ!」

一方で「ザッパ=初期マザーズ」というファンは少なくなく、世にはばかる「1stアルバム至上主義者」同様それらのファンにうんざりしていたザッパは「これでも喰らえ」とばかりに「You Can’t Do〜」シリーズの中にこの時期の音源で構成されたものを挟み込みました。録音技術も機材もまだ充分でない時期の潰れ気味の音で鳴り響く、ヘベレケになったメンバーの無駄話やモーツァルトを弾くピアノをバックに奇声を発しているだけの曲などがひしめき合う中、ギラギラとした凄まじい演奏が時折顔を出すという奇盤ですが、「ホランソロジー」にある歪んだ音像、時空の捻れたMCや歌唱のサイケデリック具合、そして息を飲むほどのクオリティの高い演奏は、本作へのオマージュが少なからずあったのではないかと感じずにはいられません。

【ライダーキック発・宅急便経由・ホライズン山下宅配便行き】

前述の通り、「ホランソロジー」は、計8カ所で演奏・レコーディングされた音源から厳選し、時系列ではなく1枚のアルバムとしての構成を意識して並べられています。従って、2004年のライブの次に2005年のデモ、その次に2004年のライブ、と冒頭から時空を飛び回っていますので、慎重に聴いていると、アンビエンスやメンバーの編成、コンディションがめまぐるしく変化していきます。

本来は作品のあるべき姿のまま順を追って聴いていくべきでしょうが、ここでは一旦、時系列に並べ替え、当日の状況、演奏曲の前後関係、バンドの変遷と照らし合わせながら確認していきたいと思います。

●2003年2月21日 @吉祥寺 silverelephant
ホライズンの前身・「ライダーキック」時代のライブ音源。この時のベースは伴瀬氏、ギターはオリジナルメンバーである田中恭平氏。

“レーズンパン”をロック、レゲエ、ジャズのアレンジで演奏したものが収録されていますが、アレンジも演奏も思わず笑みを浮かべてしまうほどの見事さ。特にドラムスの完璧ぶりに驚かされます。最も古い記録であり、かつ、ホライズンのポテンシャルの高さを再認識させられるヴァージョンです。ジャズ・ヴァージョンのMCに出てくる“ウェス・モンゴメリー”は、「速さよりも音色を選ぶ」という理由から、親指1本でソロを弾くジャズ・ギタリスト。

●2003年4月1日 @中百舌鳥 club massive
“あかいあかい”、“雨の日”を収録。伴瀬氏が東京から自転車で会場へ向かい、リハもセットリストも決めずに挑んだ、黒岡氏曰く「史上最低のライブ」とのことですが、この2曲の演奏自体は素晴らしいもの。

“あかいあかい”は、「りぼん」収録の綿密に作り込まれたものではなく、バウンシーな4拍子で軽快に進み、唐突に変拍子パートに写ったかと思えばまた4拍子に戻るアレンジで、「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょん」収録の“甲子園”における転調の唐突さに近いです。初っ端でやり直してお客さんに「一週間前まではちゃんとした音があったんですけど、忘れてしまいました、すいません」と謝っていますが、もしかすると当時としても本来の形ではない演奏となっているのかも知れません。

アカペラバージョンで歌われている“雨の日”は、彼らがコーラスグループとしても傑出していることを示す名演です。

●2003年4月28日 @吉祥寺 STAR PINE’S CAFE
“クライ丸山 cry 〜 only Monday 〜”、“中華人民共和国”、“フランスオニオン”、“100円ショップ”、“侍”収録。いずれも初音源化の楽曲ではないかと思います。どの曲にも、当日声を枯らしていたという伴瀬氏のディープなブルース感が漲っています。

“クライ丸山 cry 〜 only Monday 〜”は“Orhette Colemanのフリージャズスタイル”と解説されていますが、オーネット1961年のアルバム「Free Jazz: A Collective Improvisation」は、スピーカー左右のチャンネルにそれぞれカルテットを配置し、同時に演奏するというもの。同じテーマ、同じテンションで演奏しているので、“クライ丸山 cry”を弾き語りしている黒岡氏の穏やかな演奏に被せるように途中からバンドが激しく“only Monday”を演奏し、最後また弾き語りが残るという構成は、レコードの2枚掛けに近く、どちらかと言えばジャズというより現代音楽的に聴こえます。

“中華人民共和国”は中国のパブリック・イメージを中国人目線からシニカルに歌い、“100円ショップ”は飽和した物質主義・資本主義への疑問を提示するなど、社会的なテーマが盛り込まれている点が興味深いです。

あまりの枯れ具合に桑田圭祐化している“フランスオニオン”、“侍”での伴瀬氏の歌唱は、本作中でも有数の聴きどころと言えるでしょう。

●2003年8月13日 @吉祥寺 STAR PINE’S CAFE
“夏は暴走族”、“高速バス”収録。どちらも、曲終わりにMCが入っており、前者は「俺様は買い物をあまりしないんだが……」後者は「何かに打ち込んでる女が、たまらなく好き……」とそれぞれフェードアウトされています。声は伴瀬氏のようで、今の黒岡氏の役割を当時は二人で兼任していたのでしょうか。今程役割分担が明確になっていない時代の名残として、当時を知らない筆者のようなファンには貴重な音源です。

「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょん」ヴァージョンではスライドギターとファンキーなリフが印象的な“高速バス”が、この時はストーンズ風(というよりもThe Dandy Warhols“Bohemian Like You”に酷似)のギターリフがガンガン鳴り響く、タテノリの軽快なロックチューンになっています。

●2004年1月5日 @吉祥寺ペンタ
この年にバンド名が「ホライズン山下宅急便」に改名されているようですが、このタイミングで改名されているかどうかは不明です(ホライズン山下宅急便としての初ライブは6月1日)。

“らいむらいむ”、“土”、“昼歩き”、“実家から帰ってきて読書”、“夕べ”、“夏は地下水”、“髪型の異変”の7曲を収録と、収録曲数が最も多い日の演奏。ライブごとに新曲を披露し、「少女の成長」「新型ウイルスブルースバンド」「チームちーむウッドうっど」と複数のアルバムを矢継ぎ早にリリースしていた2004年の下準備であろうと思われるスタジオ録音です。

“夏は地下水”は、珍しいボサノヴァナンバー。細馬宏通“うたのしくみ”でのボサノヴァの解説にあるように、一番二番が無く、同じ歌詞を繰り返す構造になっています。「夏はミネラルが不足する」と歌うパートと「だから私は地下水を汲みに来た」と歌うパートが順番に登場するシンプルな構成で、二度目の「夏はミネラルが不足する」と歌うパートの後、間奏を挟み、「だから私は地下水を汲みに来た」と歌い、「夏はミネラルが不足する」で終わるという構成になっています。というわけで、“水”というキーワードはジョビン“おいしい水”を連想させますが、歌詞の内容はやはりそれとは全く関係のない、しかし見事な軽やかさを持ったものです。

●2004年11月12日 @高円寺無力無善寺
“木蓮の花畑”、“甲子園”、“夏は暴走族”収録。

「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょん」収録の“甲子園”は、野球に打ち込みながらもふと邪念がよぎり、“信子”のことを考えてしまう高校球児の性、そして煩悩に完全に支配されながら試合に挑むものの、“信子”がピッチャーとつきあっていることを知り素に戻る間抜けさが見事に表現されていますが、「ホランソロジー」バージョンはライブテイクということもあってか、その辺りの心理描写は若干甘いのは否めません。しかしイントロはこちらの方がよりワイルドで、ディープなブルース臭が漂っています。

“夏は暴走族”は2003年版も収録されていますが、2003年版の全編スローテンポな土臭いブルース調に加え、サビのみ四つ打ちのアッパーなアレンジに変えられており、この間にマイナーアップデートされていたことが確認できます。

●2004年12月31日 @高円寺 STAR PINE’S CAFE
“たぬきそばのテーマ”、“The speech of 黒岡”収録。前者が当日のオープニング、後者がエンディングのMCと思われます。

オープニングでは「ペリペリ・フルーティ・メイスト・カイネン・チョコレート・ブルース・バンド、ごちそうさまです」と自己紹介し、エンディングでは「脇毛コンビ・ヴェルサーチ・クラブ、ろくでなしブルースの代表格・前田太尊でした」と締めています。それぞれが「ホランソロジー」の始まりと終わりを告げ、全体を一夜のライブのように仮想させる役割を担っていますが、出鱈目具合といいノリといい、既に今の黒岡氏の芸風が確立していることが伺えます。

バイオグラフィーによると、「年末、練習中居眠りをしていた田中をみかねて、伴瀬が、ベースからギターに。田中がベースからギターに」と書かれているので、このタイミングで伴瀬氏がギターに転向しているかも知れませんが、演奏箇所が短いのも相俟ってよく分かりません。

●2005年2月9日 @千歳烏山の家
“Introduction”、“月曜日から金曜日の過ごし方”、“教え”、“学芸会”、“図書館の利用の仕方”収録。この年の9月、「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょんぴょん」リリースをきっかけにバンド名を改め、河合一尊氏が加入することで、ついに「ホライズン山下宅配便」が完成します(翌年2人抜けますが)。

“Introduction”は、ほろほろとつま弾かれるギターに乗って「一歩一歩人は山に登ろうとするズラ。落ちないで登っていけば友達もできるズラ。隙あらば人は落ちていくズラ。落ちないで登っていけば友達もできるズラ」という語りの入った小曲を逆回転させたもの。デモ制作の過程で曲ともつかない状態で録音されていたものを発見し、あえてそのまま聴かせるよりは、逆回転させてイントロにした方が作品に漂う謎のエネルギーを増幅させるかも知れない、という意図が働いたのではないでしょうか。事実、このつかみ所の無い出だしが、「ホランソロジー」という作品の不可思議さをより深めています。また、アルバムのオープニングを逆再生にすることで、現代から10年前へと遡るタイムスリップの演出にもなっています。

“月曜日から金曜日の過ごし方”では“ありんす”という花魁詞が出てきます。地方出身者も多い吉原に於いて、田舎言葉で喋られては色気が無いということで、なまりを隠すために用いられたそうですが、今の首都圏で地方出身者が地元の言葉を使わず標準語を用いることとよく似ており、それは同時に個人から「生活臭を消す」ことにも繋がります。ここで歌われている“ありんす”は、謎が多く、生活感も無く、なかなか実体の掴めないホライズン山下宅配便というバンドを象徴しているように感じます。ちなみに“おいらん”の語源に諸説あるうち、“狐や狸が人を化かすには尾が要るが、彼女らには要らない=尾要らん”というものがあり、実にホライズンに似つかわしい説ではないかと思います。

この曲での黒岡氏の歌唱は、言葉の流れが曲からはみ出したり、ピッチがふわふわと揺らいだりしていて、まるで即興で歌詞を付けて歌っているように聴こえます。即興にしては言葉の出てくるスピードが速いのでやはり準備していたように思えるのですが、それにしては地面から足が浮いてるような歌の浮遊感が強いので、もしかすると、あらかじめ準備したものをわざと解体しながら歌っているのかも知れません。同日収録の“図書館の利用の仕方”は、同じようにテンポよく言葉が紡がれながらも破綻する様子も無く、バックコーラスも絶妙に絡むほどなので、“月曜日から金曜日の過ごし方”とは全く違うプロセスで歌が乗せられているようです。

その“図書館の利用の仕方”では、ウェストミンスター・チャイムをモチーフにしたギターのカッティングが全編に響き渡っています。図書館閉館を知らせるチャイムの意味でしょうか。歌詞は、矢継ぎ早に繰り出される言葉のテンポの良さも相俟って、図書館で読んだ本に感銘を受けた主人公が、興奮のあまり前後不覚になって躁状態ではしゃぎ回っている様子が浮かびます。

“学芸会”は、曲はほぼ「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょん」収録のアレンジのままですが、歌詞は「発表会に備える」ある人物の一人語りとなっており、曲のタイトルである「学芸会」のための準備をする人物についての曲であったことが伺えます。何故かフェードアウトしているのは、途中でテープでも切れていたのでしょうか。

【宅配便に託された荷物の行方】

さて、ここで改めて黒岡氏による「この音源は、今のホライズンの状態ではないし、今僕たちが意図してやっている、もしくはやろうとしているものからはみ出している、むき出しの状態である音源である」について考えてみたいと思います。今、ホライズン山下宅配便が意図してやっている、もしくはやろうとしていることとは何なのか。

検証には、最新の曲を参考にするのが適切でしょう。昨年末から年始にかけてリリースされた「とんちこんぴ」に、新曲のメドレー“DO IT 〜ル・トラブルン・アンブルン・レインブルン〜ミドロの反乱”が収録されています。6分7秒の中に3曲を詰め込んだメドレー形式の楽曲は、曲ごとに転調してはいますが、それぞれ単独の楽曲というより、3曲合わせて1曲という印象です。例えば「りぼん」収録の“コンドルと飛んでゆく”のコーダとなっている倉林氏歌唱のパートは、独立した別の楽曲のようにも聴こえますが、実際は独立してはいません。逆に“クライ丸山 cry 〜 only Monday 〜”は同時に2曲演奏されていますが、“同時に2曲演奏されているひとつの曲”として聴くことが出来ます。その他、「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょんぴょん」収録の“隣人と私たちは手を組んだ”、“がちゃり”など、ひとつの曲の中でがらりと曲調を変えるナンバーは少なくなく、彼らの音楽に聴き馴染んでいる人には、3曲を分離して捉えることは逆に労力のいることかも知れません。

前述の“コンドルと飛んでゆく”のように、始めと最後の曲の印象が大きく変わり、聴き手が想像だにしないところへ連れて行かれる楽曲は、「ホランソロジー」の中では2004年1月5日の演目に顕著です。そのうち、“らいむらいむ”を宣伝用チラシと特設サイトで「伝説の名曲」と書かれている、ということは、ホライズンとしても「聴き手が想像だにしないところへ連れて行く」ことに今も強く惹かれ、“DO IT 〜ル・トラブルン・アンブルン・レインブルン〜ミドロの反乱”を1曲として解釈すると、「聴き手が想像だにしないところへ連れて行く」ための表現方法としての「1曲の中で複数の曲が同居するようなコンポージング」に至った、と考えることもできるでしょう。

「1曲の中で複数の曲が同居するようなコンポージング」を行ったロックミュージックの代表格としては、The Whoの1966年の作品“A Quick One While He’s Away”が挙げられます。長尺の曲が作りたくても作れなかったピート・タウンゼントが、複数の楽曲を繋いで1曲に仕上げるという方法で作り上げたドラマティックな大作で、後にロック・オペラという言葉が生まれるきっかけとなった1969年リリースのコンセプト・アルバム「TOMMY」の重要な布石となりました。2004年1月5日のセッションが、「少女の成長」へと繋がっていることは、そういった意味でも興味深いです。

喉を押しつぶしたような低い声で「映画を観ると冷凍庫が舐めたくなる」と、あらゆる共感を拒否した歌詞で歌われる“DO IT”、一転して軽快なリズムの“ル・トラブルン・アンブルン・レインブルン”、変拍子を織り交ぜた“ミドロの反乱”。これらを「今のホライズンの状態」と考えると、“レーズンパン”や“夏は地下水”のような、ある特定のジャンルを明快に想起させるものは既に興味の外かも知れません。“クライ丸山 cry 〜 only Monday 〜”のような実験的な演奏も今のホライズンには不要と考えているのではないでしょうか。

そして歌詞に於いては、“月曜日から金曜日の過ごし方”での“ありんす”や“夏は暴走族”での“ありませぬ”、“Introduction”での“ズラ”など、ある種面白がらせるような言葉遣いよりも、“イカレコンマタヒラ”での「こおろぎに 顕微鏡を that’s looking machine」のように、言葉の繋がりで異様なインパクトを生み出すことに主眼を置いているのではないでしょうか。それは、具体的なストーリーを歌うことも多かった初期から、徐々に抽象的な表現に移行していったことと値を同じくした変化です。

では、「今のホライズンが意図してやっている、もしくはやろうとしているもの=複数の曲を同居させたような曲展開と抽象的な歌詞」でしょうか。違うかも知れません。シンプルな曲展開と具象的な歌詞による演奏をやろうとはしていないかも知れませんが、もしかすると、もっと違うものをやろうとしている可能性もあります。彼らの膨大なレパートリーのさらに外にある、まだ誰も聴いたことの無い、得体の知れない何か……。

あの四人なら、その“何か”をきっと掴まえて、形にしてくれそう。ホライズン山下宅配便が、そんな期待を抱かせてくれるバンドであることは間違いないでしょう。

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