星の声 at 旧グッゲンハイム邸 (Hyogo)

この日は旧グッゲンハイム邸で行われたイベント「星の声」に行って来ました。

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オープニングはkaccono。MCで話すよりも小さな声で囁くボーカルと、耳をそば立てないと聞こえないようなアコギの音を中心に、時折断続的に重なるキーボード、ハーモニカ、アコーディオン、ベース、そしてコーラス。極限まで絞り込んだ音量と音数で、それぞれの音を慎重に溶け込ませるサウンドメイキングは異常なまでにセンシティブで、その徹底的に内省的なセンスが聴き手の耳に覚醒的な刺激を与えます。

音自体にやや拙さが残っていることにも起因する「ゆらぎ」があり、その不安定さが面白みでもあるバンドだと思いますが、今後それがより一層内向きに極まっていくのか、どこかで安定して来るのか、もしくは外へ向かって放射し出すのか。いずれにしても「変化」に期待が湧いてくるパフォーマンスでした。

続いては、この日のイベントのPAも務めていた稲田誠のウッドベース弾き語りソロ。ステージに一人立つその体全体から発するエネルギー、歌とベースの強靭なサウンドが終始圧巻で、自身の他のバンドでの曲も何の違和感も無く演奏し切れていて、しかもそれが「音を間引いた感じ」に全く聞こえないのですから、もう全部ソロでいいじゃないかと思ってしまうほど。それぐらい濃厚で説得力のある演奏でした。

続いてのスティーブジャクソンは、歌もののロックバンドながら、ジャムバンドのようなリフレインを基調としたリズムセクションが素晴らしく、時折アフロ・ビートのようなしびれるフレーズを垣間見せながらも、そこにポップス的マナーで転調もするというフレキシブルさも含有して、楽曲が適度なねじれを起こしているところが実に魅力的。一曲のコンパクトさ、力の抜けた歌の軽やかさからして、演奏の主体はあくまでも「歌もの」としての楽曲。派手な盛り上がりやダンス衝動は控えめですが、一方で微かに腰の辺りをくすぐられるような誘惑も孕んでおり、この辺りの「ダンサンブルか否か」については聴き手によって解釈も分かれそうな気がします。

そしてトリはシラオカ。ギター二人とドラムス、男声ボーカルでのメランコリックな演奏は一聴したところ別段特色を感じませんでしたが、曲が連なるほどにメロディやリフから微かに煌めくようなものが立ち上り、静かにゆっくりと胸を揺さぶられ始めます。

メロディに引かれ、これは……と思い身を乗り出すと、またさりげなく首を引っ込めるような、聴いていて何とも不思議な感覚がありました。
各楽器の音の良さも、この日の良好な音響の中でも特に印象的でした。ギターの倍音が会場を覆い、減衰していくプロセスも実に音楽的で、音楽が「音」である以上、音響も楽曲の一部であるという、当たり前でありながら多くの場合軽んじられていることを改めて認識しました。
14時にスタートし、18時には終了。

どの出演者もこの日が初見で、稲田氏以外はどんな音なのかも全く見当がつかないまま会場に入りましたが、それは正解だったようで、一筋縄では行かない各バンドの演奏は、まるで聴きながら謎解きをしていくような楽しさもありました。

音楽がどんどん「便利なもの」としての機能を求められ、聴いた瞬間にすぐ良し悪しが分かってしまったり、1分以内にクライマックスがやってくるように求められる、という状況がロック/ポップスの(一部の)世界にはあります。そういったもの全てが悪いとは思いませんが、そうではなく、一言では言い表せないような「何とも言えない音楽」が、僕は今一番面白い気がします。

部屋
部屋 シラオカ

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