「デザイン思考の道具箱」と初代iPodの話

「企業の中にこそ必要な「デザイン思考」の今——慶應義塾大学・奥出教授インタビュー」

ちょうど「デザイン思考の道具箱」を読んでいる最中に、この記事に行き当たりました。

この「デザイン思考の道具箱」、これを読む前に読んでいた「デザイン思考の仕事術」と比べると、遥かに納得度が高い本でした。「アブダクション」についてはあまりフォーカスされていませんでしたが、ユーザーニーズを知ることと市場調査を鵜呑みにすることは違うという点、プロトタイプをあの手この手で形にすべきという点など、参考にしたい情報は「仕事術」と続けて読んだからこそ、より明確に浮かんできた感じがしました。何より、「仕事術」ではモヤッとしていた「デザイン思考」という言葉の曖昧さが、ようやく2冊読んでピントが合ってきたという実感があります。最後の補論で「そもそもデザイナーの思考方法を転用したもの」と書かれてて、だよなぁ最初確かそんな風に紹介されてたと思ったんだよなぁ、と初歩的なことを再確認したことが理解促進に意外に大きな手助けになったな、とも思ったり。

いずれにしてもとてもいい本で、社内で共有したいなと思う(思うだけで実行に移さないのは、僕自身が「他人から借りて読んだ本が芯を食うことはない、特にビジネス書は」という信条だからですが、理由のひとつはやはり手荒く扱えない、という点にあるでしょう。本の端には折り目も付けるし、食事しながら読む時はページがめくれないように食事中の皿を上に乗せて読んだりしますし、電車の中では到着直前まで読んで、慌てて鞄に突っ込んだりしますから)のですが、どうしても気になったのが、この本がイノベーションの代表として「iPod」を見本として最初から最後まで取り上げていること。

iPodがもう「発売した瞬間から世界を変えた」という勢いで絶賛していて、いやちょっと待ってよと読みながら何度も突っ込みたくなりました。

このiPod発表10周年記念企画・初代iPodを振り返るという記事に、初代iPod発売当時の様子が大変詳しく書かれていますが、発売からしばらくの間、iPodってそんなに熱狂的に受け入れられてなかったし、むしろ「誰もピンと来ない」状況がしばらく続いていたように思います。僕自身、初代iPodを買った理由は、「5GBのハードディスクとしても使えるしMP3プレーヤーとしても使える」からでした。つまり半分は、データを持ち運ぶための道具としての期待から購入したんです。「ポケットに1,000曲」というキャッチコピーには、特に魅力を感じていませんでした(でもこのCMにワクワクさせられたことは否定しません)。

しかし使い始めると、曲数を気にせずガンガン取り込めるし、ホイールのインターフェースは秀逸だし、「Led Zeppelinの全作品をシャッフルして聴く」という未知の体験も出来るわで、一瞬にしてに夢中になりました。ポケットの中で操作できることも本当に魅力的でした。

また、それまではカセットテープのポータブルプレーヤー、CDのポータブルプレーヤーを使っていて、外で聴くと音飛びはつきものでした。iPodを買う直前には、MP3を焼いたCD-Rを再生できるポータブルプレーヤーも使っていましたが、これが以上に音飛びして殆ど使い物になりませんでした。そこへいくとiPodは、どんなに揺れても音飛びせず。一度、胸ポケットに入れていることを忘れて電車内で下にかがんだ時に盛大に床に落としてしまったんですが、何事もなかったかのように音楽が鳴り続けていたことには驚きました(そのハードディスクの丈夫さにも。ソニーだかの開発者がiPodの中身がどうなっているのかを調べようと分解してみたらハードディスクが裸でゴロンと入っているだけだったので唖然とした、という有名なエピソードがありますが、ハードディスクって意外に丈夫ですね)。

しかし初代はトラブルも多く、曲を取り込んだはずなのに入ってなかったり、熱暴走したのかと思うくらいハードディスクが熱くなったり。当時はユーザーも少ないし今のように発売前からアクセサリーもハッキング情報も大量に手に入る時代ではないですから、イヤホンの選択肢もない、ケーブルは高い純正品のみ。挙げ句の果てに、iPodがフリーズしても解消方法が分からないので購入した家電量販店に持ち込んで修理に出したことすらありました。しかも当時のiPodはFireWireケーブルを頭から突き刺す構造だったんですが、このケーブルを抜く時に接続部の部品ごと「蟹の足から身を抜く」が如く付いてきてしまい、僕の初代iPodはデータ転送も充電も出来ないただの文鎮と化してしまいました。

そんなiPodも第2世代では誰もが知るものとなり……ともならず、今のアップルからは想像もつかないような必死のプロモーションをしていたのは、上記記事でもお分かりいただけるかと思います。「ジミー・ヘンドリックス、ビリー・ホリデイ、ボブ・マーリーの全作品458曲を入れても、まだ1,542曲も入る」ってこれ、店頭ポスターとかにも書いてた気がしますが、iPodに惚れまくっていた当時の僕は「そこがアピールポイントじゃない気が……」と思いながら眺めていました。

転機は、iPod shuffleです。スティック型でUSBメモリになるという、画面も何も無くてかなり安かったあの製品。iPodは「シャッフルして聴く」という「新しい体験」を提案したことがブレイクスルーになり、今日の「誰でもiPhone」の時代への道筋を作ったんです。初代iPodが2001年でshuffleが2005年なので、かなりアップルのお荷物だった期間が長かったということです。

まあiTMSを含む一連の計画が当初から想定されていたとしたら確かに凄いことですし、ここまでのプロセスそのものがデザイン思考のプロトタイピングなんだという風にも取れるのかな、という気がしないでもないですが、このiPod shuffleの登場をデザイン思考の見本として書いていただいていたら、もっと分かりやすかったかも知れないなぁ、と思いました。何せ当時外出先で電池切れすると涙目になり震えながらホイールを回して発狂しそうになるほどのiPod中毒者だった僕(今じゃ想像もつかないような状況ですが、当時はマニアだけが使ってるオタッキ―なアイテムだったんですよ)にとって、iPod shuffleが出た途端に周りの人たちが急に「iPod! iPod!」と叫び出していた光景はかなりショッキングなものでしたから。

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