「誰が音楽をタダにした?」は、タイトルに期待しないで読んだ方が面白い

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「誰が音楽をタダにした?」と言われても、アメリカはどうか知らないけど、日本では別にタダになってないし、全然興味無いわ。と思って無視してたんですが、世間の評判が随分良かったので、とりあえずKindle向けに出ていた無料お試し版を、秋田への出張のお供にKindle Fireに入れてみたところ、数十ページ読み進めたところで「とにかく面白い」という結論に達し、宿泊した秋田県湯沢市のホテル近郊の書店へ向かいました。出張先で本を買うなんて……と思いながらも、やはりKindleは読み心地が悪いし、とにかく紙の本で今すぐガッツリと読みたい、という欲求に克てませんでした。幸運なことに、ホテルから徒歩2分ぐらいに本屋があり、外観は自動車ディーラーにくっついている上に文具やとのハイブリッドだったので期待せずに入ったところ、恐るべき立派な書棚で、特に漫画コーナーは文庫版手塚治虫全集や藤子不二雄全集が膨大に取り揃えられており、サブカル系も充実した「梅田の丸善・ジュンク堂をワンフロアに納めた」ような濃密さ。そして、音楽書のコーナーに本書もしっかりと並べられていました(Amazonでは在庫切れでKindle版に飛ばされていたというのに)。

というわけで出張の帰路の飛行機から、大阪の通勤電車に揺られる日々へと移りながら、約1週間かけて読み終えました。

前半、いくつもの伏線が緩やかに伸びていきながらMP3誕生までの歴史を追う展開に、知識欲とスリリングな語り口にグイグイ引き込まれてゆき、中盤でその伏線が絡み合い、緊張感が極みまで高まっていくと、後半、それが徐々に、静かにほどけていきながら、ふわりと軟着陸する、というのが全体の印象。キャラクター造形や章ごとにシーンを切り換える話しの進め方は映像化を視野に入れた描き方だと感じましたが、訳者の後書きによると映画化が決定しているらしいです。僕のイメージだと、テレビドラマの方がグッと来そうな気がするんですけどね。ともあれ、「グローバーはどの役者で、モリスは……」と読みながら自然と妄想を膨らませられるぐらいに、視覚的な情報が不必要なほどに盛り込まれていて、小説的な臨場感があり、読んでいると過去に観たアメリカ映画の様々なシーンが脳内で継ぎ接ぎされていきます。

膨大な取材と数年がかりの情報収集によって、インターネット上にMP3の海賊船が構築されていく様、それに翻弄される人々の姿を描き出す筆致は圧巻ですが、一方で、多くの日本人の音楽鑑賞のルートには直接関係が無い話が中心に据えられているので、ミステリー小説を読む感覚で楽しんでいないと「アメリカではそうなのね」という、読む前に思っていた「アメリカはどうか知らないけど、日本では別にタダになってないし、全然興味無いわ」という感覚に絡みとられてしまい、中盤からは、知識欲を満たすという部分ではつまらなくなっていく本だとも言えます。

特に海賊サイトによるダウンロードの被害者として大きく取り上げられているのは50セント、エミネム、カニエ・ウェストといったヒップホップ勢(関係無いけど、RUN-DMCの古いLPに貼ってあったステッカーに、「このレコードを買え。もしくは……」と書いてました)。日本でもトップスターと言えなくもないですが、国内の音楽市場を俯瞰した場合には、大きな開きがあるのは間違いないでしょう。

日本にいれば、「50セント、エミネム、カニエ・ウェストのアルバムが発売より遥か前に手に入る」ことは、本書に出てくるような海賊サイトについてよく知っていて「アメリカのポピュラーミュージック、とりわけヒップホップ」に興味のある一部の日本人以外には対岸の火事でしかなく、多くの音楽リスナーにとっては「宇多田ヒカル、B’z、Glayのアルバムが発売より遥か前に手に入る」ことは決して無かったのだから、やはり「アメリカはどうか知らないけど、日本では別にタダになってない」わけです。後半では、VEVOの誕生についても触れられていますが、ミュージックビデオの違法アップロードの問題は、本筋となっている海賊行為とは別の話です。しかし、ギークやネット中毒ではない一般の日本人が「誰が音楽をタダにした?」かと言われて連想するのは、海外のアルバムが一枚丸ごと、それだけでなくノーカットのライブ映像がアップされていたりするYouTubeではないかと思いますが、この出自については明らかにされてはおらず、本書における「音楽をタダにした」海賊行為と通じる何らかの方法だろうか、と憶測できるところで止まります。

結局のところ、エンタテインメントとして非常に優秀で面白く、ノンフィクションであるということがそのスリルに拍車をかけていながら、ドキュメンタリーとしては、僕のような音楽趣味とネットでの音楽体験(僕には、リンプ・ビズキットが何故そこまで嫌われているかなんてさっぱり分からないのですから。そう言えば版権切れのクラシック音楽のMP3についてはひと言も触れられてなかったですね)の人間が読むには物足りないという不思議な読後感を醸し出している一冊だと思います。

やっぱりタイトルは「誰が音楽をタダにした?」じゃなくて、「MP3の海賊船、北米略奪に成功す」みたいなのがいいんじゃないかしら。

そう言えば、本書の中で初期のポータブルMP3プレーヤーについて触れられてましたが、僕が最初に衝撃を受けたMP3プレーヤーは、初代iPodでした。それまでもポータブルMP3プレーヤーはあったし、僕も、CD-RにMP3を焼いて再生できるポータブルプレーヤーを持ってましたが、メモリを内蔵していないせいか、音飛びが酷くて殆ど使い物になりませんでした。iPodは音飛びもしないし(厳密には、初代は大きな振動で飛ぶこともありました)データの転送も自由自在(厳密には、初代は転送したはずのデータが認識されない、という現象が頻発しました)、何より、Macで使える(厳密には、初代はMacでしか使えませんでした)ということが、当時Power Mac G4 Cubeを愛用していた僕にはたまらない愉悦がありました。

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