大野松雄 音の世界 at 龍谷大学アバンティ響都ホール (Kyoto)

この日は龍谷大学アバンティ響都ホールで行われた大野松雄のライブイベント「大野松雄 音の世界」を観に行きました。

音の世界 at 龍谷大学アバンティ響都ホール

このイベントは1年前に開催が予定されていて、映画で強く感銘を受けた僕もチケットを購入していたんですが、大野氏が急病で倒れられたことで中止に。年齢も年齢なので心配していましたが、見事復活し、この日の開催が実現することに相成りました。

会場ロビーに入ると、入り口すぐの右手に物販コーナーが。この日限定のCD-R(サイン入りでデモ曲が2曲入ったもの)とオリジナルの手ぬぐいを買いました。Tシャツもありましたが、こちらはスルー。あんまり着たいと思うデザインではなかったので。最近グッズで手ぬぐいを見る機会が増えた気がしますが、手ぬぐいの方が安いし可愛いし「着る」という抵抗感がないので買いやすいので、他のアーティストももっとグッズで出して欲しいです。

ホ―ル内は、立派なコンサートホ―ルの雰囲気で、サイズは小劇場クラスの適度な広さ。開演時間が近づくに連れて、約360席の座席はほぼ埋まっていました。

1年以上待ち続けたお客さんの期待感が高まる中、こちらの気持ちを汲んだような「皆さん心の準備はよろしいでしょうか」という場内アナウンスとともに開演。

最初のプログラムは、“YURAGI #12”という大野氏最新の「作品」。ステージ上には、この日映像を担当したRUBYORLAのみが現れ、PAから再生される大野氏の音楽に映像を付けていました(ライブか事前に作ってしまったものかはよく分かりませんでしたが)。

映像は、ステージ後方中央の凹凸のある壁面をメインに、その左右にあるフラットな面をサブとして使い、サブは写真にあるように、メインとは別の映像を90度回転させ、左右は鏡像状態で同じものを映していました。

“YURAGI #12”は、明確なビートや調性感の無い電子音が上下左右からうねり、捩じれ、炸裂しながら飛び込んでくるようなサウンド。シンセ音を加工したような激しい音が飛び交いながらも、生命の躍動が伝わってくるような有機的な心地良さが満ちあふれていました。終始、宇宙を連想させる不思議な浮遊感が身体を包み込み、その感覚を、宇宙のイメージや、目を閉じたときに見えるようなビジュアルを矢継ぎ早に映し出す映像が更に加速させます。

曲の後半には、大野氏が音響を担当したテレビアニメ「鉄腕アトム」の映像も素材として使われ、エンディングには、アトムのオープニング映像の中に出てくる「音響:大野松雄」という文字が出てくるシーンが現れるという粋な演出。

曲が終わり、いよいよ大野松雄本人の登場。「最初からわけの分からないものを見せられて印象を悪くされたかも知れません。この後は大口さんや大友さんも出てくるのでもっと楽しめると思います」というようなジョークで挨拶を終え、次の曲へ。曲とは言っても、この後は全て即興演奏で作り上げるものばかりでした。

大野氏の永年のパートナーでもある由良泰人がサポートする中、オシレータやKAOSS PADなどを操作しながら演奏される渦巻くサイン波は、先ほどの作り込まれた作品とは違い、その場で出てくる音に対峙しながら、とりとめもなく遊んでいるという印象。さすがに冗長感は否めなかったですが、大野氏のイノセントさが炸裂していることを念頭に置くと、それがまた痛快だったりもするんですが。

RUBYORLA氏は、波形の変化を読み取って、Joy Division「Unknown Pleasures」のような映像を作り出していました。

続いては、ピアニストの大口俊輔が登場。初共演で、しかも全くリハーサルを行わなかったということで、この日大野氏が繰り返し言っていた「決めごとの無い、混沌としたものの中から何かを見出したい」というテーマが、最も明確に実行されたセッションではないかと思います。

ここから大野氏はオープンリールでの演奏を開始。あの「アトムの音」をその場で演奏します。

「大野松雄」を象徴するようなオープンリールのサウンドは、電子楽器にはないプリミティブな楽器のようなアナログらしいタッチを持ち、フィジカルな緊張と弾力性、そして鮮やかに切り裂くような鋭さが兼ね備えたような、唯一無二のマテリアル感がありました。

そこへ重なる大口氏のピアノは、オープンリールよりも遥かに古い存在でありながら、オープンリールの持つ人肌の温度感のあるサウンドと混ざると、非常にデジタルでメタリックな印象に聴こえてきます。時に弦を直接擦っていたから、というのもあると思いますが、やはり平均律で割られた音の組み合わせは、無調という概念すらない大野氏の音響の中では殊更に硬質に響きます。

演奏が進むごとに、大口氏の明瞭なリズムと宿命的な調性感が演奏の主体になりそうなほど主張していきながらも、一方でど真ん中に来ないように遠慮しているようなどっち付かずの状態で揺らいでいるようで、方や揺らぎなくオープンリールを擦り続ける大野氏との対比が面白いと言えば面白いけど、両者が混ざるに混ざり切らないような掛け合いは、ちょっと煮え切らない印象でした。

続いては、大友良英を迎えての対談コーナー。この部分は後日JAMJAMラジオで放送されるようですので細かな話には触れないでおきます。印象的だったのが、終始面白おかしく(昨年春に死の縁をさまよった体験すらも嬉しそうにニコニコと)話されていた中で一瞬厳しい表情を見せられたのが、アトム以降テレビアニメからきっぱりと足を洗った理由について、テレビ局が利益と効率を優先し、遊びや実験精神が無くなってしまったからだ、と話されていた時でした。映画で観た時の、氏のプロフェッショナリズムを支える“厳しさ”を垣間見た瞬間でした。

そして最後は大野・大友両氏によるセッション。オープンリールを操る大野氏の隣で、大友氏は二台のターンテーブルを使ってノイズを演奏していましたが、二人の相性はばっちりで、滑らかに弧を描くオープンリールサウンドの恍惚感と、ザクザクとささくれながら耳をつんざくノイズの破壊力が絶妙に絡み合い、両者の魅力をお互いに引き立て合っていました。

後半には大口氏もピアノで参加しましたが、やはりピアノの持つ「十二音階を演奏する楽器」としてのキャラクターが強過ぎてそこだけ妙に秩序が生まれてしまい、更に相乗効果を生み出して魅力を引き出す、というところまでは至りませんでした。

演奏後、大野氏のみステージに残り、お客さんから笑いを取りながら、各方面への感謝の挨拶。最後は、「アトムの音楽をやった、と言うと病院でも待遇が良くなる」と冗談を言いながら、やはり今の自分があるのはアトムがあったからだ、と手塚治虫へ感謝の言葉を述べ、場内に鉄腕アトムのテーマ曲が流れる中退場。

2時間弱、休憩も挟まずステージに居続けた大野氏の、年齢と小柄な体形からは想像もできないバイタリティと、ステージ上でこれも何度も口にしていた「私は無責任にやってます」と、それに付随するように「全責任は私にあります」と言い切る芯の太さと大らかさに感服した一夜でした。

対談の始めにも、「なんでもマニュアルがなければ出来ないようでは駄目。失敗があっても“ごめんなさい”で済むようでなければ」と話されていましたが、まさにこの日の演奏も、全く失敗がなかったとは言い難く、だからこそ「決めごとの無い、混沌としたものの中から何かを見出したい」という、氏曰くの「実験」が、観客を前にしてフルコンタクトで行われていたことの証左ともなるわけです。

「決めごとの無い、混沌としたものの中から何かを見出したい」とは、即興演奏を行う音楽の世界ではずっと以前から行われてきたことですが、国宝級の音響デザイナーが今そこへ向かっているということは、現在の“音楽”というものを俯瞰した時に見過ごせないことなんじゃないのかな、となんとなく思ったりしています。齢84にして(もしくはそれだけの年輪を重ねたからこそ、かも知れませんが)、大野松雄という人は、更に貪欲に、音の新たな地平を目指そうとしているんですから。

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