「観光客の哲学」はさまざまな閉塞感に対して「応用」できる(という誤解≒誤配)

自分はいわゆる“左向き”な思想ですが、10年以上前から市民運動やデモ、勉強会などに顔を出しつつ、どこかに違和感を抱いていました。一言でまとめるとそれは「排他性」と言えるかもしれませんが、それでも総論賛成という思いから、考え自体はあまり変わらず、むしろ積み上げ、肉付けしていくような年月を過ごしていました。

しかしその違和も気づかないところで同時に積み上げられていて、それは2年ぐらい前に耐えきれない重さにまで膨らんでいました。

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