ネイティブ広告の記事タイトルに「PR」と入れるべきかどうか、雑誌メディアと比較しつつ考えてみた

ネイティブ広告の記事タイトルに「PR」の文字を入れるべきか、そうでないかについて、ちょっとした議論がありました。

記事タイトルに「PR」って入れるかどうか問題について

要するに、PR記事をPR記事と知らずにクリックするのはユーザーにデメリットを発生させている(パケット代を無駄にさせている)ので、タイトルを見ただけでPRと分かるようにして、PR記事を見たくない人はクリックせずに済むようにしてほしい、という人と、別に大したデメリットでもないんだから良いのでは、という人と様々な意見が出ていました。

元の記事については、内容の良さに比べてタイトルが凡庸すぎるという点ばかり気になっていて、PR云々については書かれている通りに納得していたんですが、こうして議論になっているのを読むと、確かにPRって書かないと問題あるかもな、と考えさせられました。

タイトルにPRと書かなくても良い、と言ってる人の分が悪いなぁ、と思うのは、ネット記事は「読みに行かなきゃ読めない」という宿命から逃れられないからです。

例えば新聞・雑誌といった紙メディアに掲載されている記事広告には、「広告」の文字が記されています。但し、ネット記事ほど視線の誘導が厳密でないため、見落とすこともしばしばあります。それでも「記事に見せかけた広告だ」「ステマだ」と叩かれずに済んでいる(もしくは、“済んできた”と言うべきでしょうか)のは、「瞬時に目を走らせて、読みたければ読む、読みたくなければスルーする」にかかるコスト(時間や、考える労力、飛ばしたり通常の記事に戻る手間)がとても低く抑えられるからです。新聞・雑誌の広告は、そもそも純粋な記事と同じ階層に並列で並んでおり、読み手は偶発的に純広告・記事広告に遭遇します。ネットの場合は、記事も広告も全て別の階層に切り分けられており、上層のリンクから遷移することで記事・広告に到達するため、「瞬時に目を走らせて、読みたければ読む、読みたくなければスルーする」には、一旦遷移した後、また元の階層に戻らなければならず、しかも携帯などで閲覧している場合にはパケット代まで発生するので、そのコストは時間、考える労力、手間に加えて金銭的な負担まで発生してしまいます(バナー広告の場合は、画像によって内容が完結している場合もありますが、リンク先が必ず存在する以上、新聞の小枠広告とは別物と考えるべきでしょう)。

ネイティブ広告は記事広告ではなく、その性質も異なっているので、読んで面白ければ広告であるかどうかは関係ないのでは、という考えにも一理あるとは思いますが、PR記事であることに変わりがなければ、上記のようなコストが発生する以上、その負担をユーザーに負わせてまでライターがタイトル文字数を使い切ることは筋が通らないのではないでしょうか。

そして肝心なのは、「ネイティブ広告か記事広告か」は作り手にとっては大きな違いで大事なポイントかもしれませんが、それを読むユーザーにとってはそれほど大事ではないということです。

また、雑誌の広告制作に携わっていると、広告と記事の境目の曖昧さはなかなか興味深いです。以下、簡単にまとめてみます。

「純広告」は、編集記事とは完全に分離した企業からの一本道のアピール……ですが、この純広告を出稿した企業と広告出稿の全くない企業では、記事に取り上げられる頻度に差が出ます。
「記事広告」は、企業が制作費を出して記事を作ってもらうものですが、では「広告なんだからこっちの要求通り書いてもらおう」という要求が通るかといえば、全部が全部そうではありません。編集者もお金のためにただただ提灯記事を書いているわけではなく、あくまでも読者に利する内容にすることが前提です。広告主の要望がほとんど通らない場合もあります。記事広告には、ネイティブ広告という言葉が生まれる以前から、実は「コンテンツありき」という側面も持っているのです。
そして「通常の記事」は、上記の通り広告と完全に分離しているとは限りません。

さて、この「純広告」を「忖度した」記事は、「PR」もしくは「広告」と書くべきでしょうか。「純広告」を出してくれている広告主がいるからこそ雑誌は成り立ち、その記事は書かれていると考えれば、「PR」と書く必要があると思えるかもしれませんが、それを言い始めると雑誌そのものの存在が広告であり、表紙に「PR」と書かなければならない、ということになってしまいます。しかしこれでは、書こうが書くまいが、本の体裁が「雑誌」だと分かればそれで済んでしまうことになり、意味が無くなることになります。

そこで改めてネット記事と比較すると、もうひとつ大きな違いがありました。雑誌は(一部ファッション誌を除いて)広告だけでは成り立たず、購入者がいて成立するものですが、ネット記事は(一部有料サイトを除いて)基本的に広告で成り立っています。単純に比較すると、雑誌よりもネットの方が広告依存度が高いので、より広告主にメリットのある運用をしていく必要があるように思えますが、ネット広告は掲載するだけではほぼ機能せず、「クリックする」というユーザーのアクションが必要なので(ネットには成果報酬型の広告もありますが、雑誌は出稿した時点で出版社に規定されたお金が入ります)、雑誌のように「ゆるりと掲載してまったりと効果を期待」していては掲載する意味がなくなってしまいます。つまり、一見広告依存のように見えてその実、過度なユーザー依存となっているわけです。

どれだけ冠を変えて見た目や印象を変えようとも、広告は広告なのであり、以前「これからの広告」として考える「ショールーミング」から「ウェブルーミング」で書いたように根本的に変わらない限りつきまとう宿命だと思いますので、やはり「PR」の文字は入れるべきでしょう。ただ、ヨッピー氏のような気概のあるライターが増え、広告のマジョリティになれば、世界は変わるかもしれません(その時は、「PR」を入れたほうが読まれる、という世界になっているかもしれませんが……)。

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