行きたくなった書店と行きたくなくなったレコード店。レコード店を行きたくするには

以前、「最近、本屋が混んでる気がします」という記事を書いたんですが、Tumblrで少し気になる投稿があったので、「本屋とレコード店の違い」などについて考えてみます。
(本記事で“レコード店”は主に新品のCDを取り扱う店舗のことを指します)

“「誰にもコピーされなければ、作品は広がらない」”

大元のリンクは2008年の記事ですが(しかし今読むと改めて考えさせられるとても含蓄に富んだ記事でもあります)、今回気になったのは、その引用についたコメント。

最近TSUTAYAで気づいたことがあって、その後、何度もそう思っていることがありました。
いっぱいCDが並んでいるけど、聞きたい感じ or 聞いたことのある雰囲気のするCDがパッと見で無い。ランキングのコーナーもあるけど、9割方そう。とにかく触れてないんだよな。スタートしていない、という感じがして、何かが出来そうな気もするのです。
ーー追記ーー
異国のスーパーで商品棚を見てる感じ、と表現しようと思ったのだけどちょっと違う。異国のスーパーだと気になるパッケージが1つはあったりして、手にとってみたりする。それは僕はパッケージや図示の仕方なんかにとても興味があるからです。
TSUTAYAでは手に取る気が起こらなかった。今は節約しているので3000円を出すつもりがないという意識もあります。でもそれはオマケの理由かな。手に取って見て棚に戻すという行動をする気がしない主要因は、手にとってジャケットを見たところで、聞けるわけでもないし、中にアクセスできるわけでもないから無駄、という感じが一番近いかも。

ネットで本を買う比率が徐々にリアル書店に移ってきている僕ですが、逆にリアル店舗に殆ど行かなくなったのはレコード店。昔は、レコード店の近くを通りかかれば目当てのものがなくてもとりあえず中に入ってウロウロしていましたが、今は興味も湧かず、最近もタワレコの入った商業施設に行きながらもタワレコのフロアには足を運ぶことなく直帰した、ということが2度(それぞれ別の店舗)ありました。

理由として真っ先に思い浮かぶのは、「発見や出会いが殆どない」から、というもの。

例えば書店だと、ちょっとしたキーワードや聞きかじりの知識をぼんやり持ったまま入ってウロウロしていると、持ってきたキーワードや知識に関連した、今まで存在すら知らなかった書籍に出会うことがあり、中をパラパラめくるだけで「これすっげえ面白そう」とか「駄目だ、難しすぎる」とか「これだったら買ってまで読むほどでもないな」などと、本の世界にダイブして色々想像したり妄想したり、それだけでちょっとした娯楽体験ができます。

代用としては、ネットでの書籍レビューがあり、これもとても楽しく、それだけで十分な娯楽体験になるんですが、実際に中を開いて見られると「ネットでは褒めてたけど実際に読んでみると思ったほどじゃないな」と再発見したり、「っていうかこの隣にある本の方が僕には読みやすくていいかも」という関連書籍の幅(逆パターンで、ネットに出てた本がなくて、その関連書籍だけがあったけど、読んでみたら面白かったなどもあります)が効果を発揮することもあるので、まあ大きな書棚が置ける大型書店に限られてしまうかも知れませんが、こういうことが高い頻度で発生するので、そういう、自分の想定を超えて起こる「発見や出会い」に期待して、ついつい書店に足を運んでしまいます。

ではレコード店はどうでしょうか。例えば「最近ジャズを聴き始めました」という人がレコード店のジャズのコーナーに行くと、様々な発見があるかも知れません。しかしもし「発見」したものを聴きたいと思っても、試聴機に入っている新譜でない限り、店員さんを呼び止めて試聴させてもらうしかありません。僕は数年前までレコード店によく通ってましたが、店員さんに試聴を頼んだことは一度もありませんでした。面倒だし、気を使うし、そもそも新譜のビニールを剥がしてまで聴かせてくれるのか不安だったからです。

そんな時に便利なのがインターネット。さわりだけ聴くなら、かなりの数の音盤がフォローされているでしょう。海外の昔のメジャー作品ならアルバム一枚フル試聴できてしまうものも少なくありません。さらに、関連アーティストや同ジャンルの音楽がいくつか表示されて、色々聴き比べが出来てしまうサービスもあります。

あとは、気に入った作品をアマゾンもしくはiTunesで検索すれば、レコード店で見たものよりも気に入ったものが、より安い値段で購入できます。

これらの行動パターンは、先日の記事「これからの広告」として考える「ショールーミング」から「ウェブルーミング」になぞらえると、書店はウェブルーミング型、レコード店はショールーミング型ということになるでしょう。

例外として、古書店、中古レコード店がありますが、こちらはいずれもランダムな「発見や出会い」に頼ることになるので、今回は置いておきます。

さて前述の記事(中のコメント)では、先の引用に続いて、レコード店の試聴機能の改善案が書かれています。

1. iPhoneとイヤフォンをしている。
2. 気になったCDのパッケージを触るか、近づくとそのCDのダイジェストが聞こえる。iPhoneは特に操作しない。
3. 指先をつつつつーっと隣りにズラしていくと、となりのCDのダイジェストもフェードインフェードアウトでざっくり聞こえる。パッケージを目で見て、それに近づくとダイ4ジェストがなんとなく聞こえてくる。視覚と聴覚がセット。
4. 気になったCDが見つかったらそれを手に取る。棚から取り出して手元に持ってくるともっとはっきり曲が聞こえる。棚に戻すと音が小さくなっていく。
5. 指向性スピーカーによって、iPhoneとイヤフォンが不要なのが理想。いや、指向性じゃなくていい。他の人が探してるところからも興味深い何か、自分のセレクションとは全く別の角度の曲が聞こえてきたら、ワクワクしうる。自分のライブラリよりも他人のライブラリにサプライズがあるように。
6. 情報端末でピコピコ操作するんじゃなくて、ダーッと並んでるのが重要。
7. リアル店舗+デジタル配信によって初めて実現しうる。
(中略)店内のあちこちから、被りすぎない程度の音量でいろんな曲が漏れ聞こえてくる。そういう店内。そういう感じでいいんじゃないだろうか。おっと、そうすることで曲との接点が増える。

仕組みとして実現しうるのか、という点をとりあえず考えないとしても、ユーザー体験としても複雑すぎる印象があります。多分、ここまでしたところでネットで試聴することとあまり差がないように思えます。

それであれば、棚に置かれている商品は全てサンプルとして、中身(つまり歌詞カードやブックレット、盤など)を見放題にするだけで、実は書店に近い「発見や出会い」が生み出せるんじゃないかという気がします。何故なら、ネット上には歌詞カードレベルの詳しい情報は手に入らないことが多いからです。

このアルバムの録音エンジニアは誰か、この曲でコンガを叩いているゲストプレーヤーは誰か……わざわざレコード店に足を運ぶ音楽ファンなら、そんなことが購入のきっかけになることもあるでしょう。もっと言えば、配信サービスで購入した人や、何かいかがわしい方法で音源を手に入れた人が、ブックレットに書かれた録音に関するデータやライターの解説を読むためにレコード店に足を運ぶだけでもいいんじゃないかと思うんです。そういう人は、書店で関連書籍を読むがごとく、隣の音盤の歌詞カードも思わず開いてしまい、ついついレジまで足を運んでしまうことだってあるはずです(その人がレジ前のオシャレなイヤホンやファンシーグッズを買うかどうかは分かりませんが)。

音楽の話になると、つい“音”にばかり関心が行きがちですが、実はテキスト情報がとても大切です。例えばクラシック音楽だと、それなりの知識や音楽かもしくは評論家による読み解きや解説がないと、その曲の面白さや聴きどころを自力で発見するのは至難の技です。「それって古臭い音楽だからじゃないのか」と思われるかも知れませんが、同じように、ある程度バックグラウンドの理解やアーティストのメンタリティ、楽曲の裏にある思想やテーマがわからないと難解な音楽は、最新の音楽にもあります。その代表格は、ヒップホップでしょう。ケンドリック・ラマーの音楽を漫然と聴くことと、彼の出自やその作品につながるコンテキスト、歌詞の意味について知ることは、バッハの当時の社会的地位、作曲の意図、楽譜に込められた修辞学的テクニックを知ることと同じく、音楽を楽しむ重要な要素なのです。

というわけで、実は難しい技術や画期的な方法を使わなくても、レコード店はものすごく面白くなる可能性を残してるんじゃないのか、というお話でした。

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