三田村管打団? “おめでとう”は、どれぐらいおめでたいのか

クラシック音楽は、テレビ/ラジオの番組と言わずCMと言わず、お店と言わず公共施設と言わず、BGMとして大量に使用されており、曲自体を知らなくてもフレーズは頭に焼き付いていて、知らぬままにクラシックの音源を手に入れると、聴いているうちに自分のよく知っていたフレーズが、思いもよらぬところから突然飛び出してきてびっくりすることが少なくありません(もしかすると、今はどこのBGMもJ-POP化していて、若い方はベートーベン“交響曲第5番”を聴いてもピンと来ないということもあるのかも知れませんが)。

そんな体験のひとつが、メンデルスゾーン「夏の夜の夢」を聴いていた時に流れてきた“結婚行進曲”でした。

「夏の夜の夢」はシェイクスピアによる喜劇。1826年、この戯曲に着想を得て、当時17歳のメンデルスゾーンは“「夏の夜の夢」序曲”を作曲します。17年後、彼の神童ぶりが伺えるこの曲に感銘を受けた時のプロイセン国王より命を受け、序曲と組み合わせた劇付随音楽として作曲。その際、結婚式のシーンのために作られたのが“結婚行進曲”です。長年、BGMとして耳に馴染んだ曲を改めてしっかり聴く、しかも、それまで結婚式向けの非常に機能的な曲として刷り込まれている脳で聴くのは大変新鮮で、意外に展開が多く、長い曲なんだなとしきりに感心してしまいました。

そして、自分が「結婚式の有名な曲」として記憶していたものが、あともう1曲あることに自覚したのもこの時でした。

メンデルスゾーンの“結婚行進曲”は、“ぱぱぱぱーん”で始まりますが、もう1曲の“結婚行進曲”は“ぱーんぱーぱぱーん”です。こちらは、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の中の一曲“婚礼の合唱”。

この2曲を、結婚行進曲ではないですが、ミュージカル「My Fair Lady」の中の1曲“Get Me To The Church On Time”。この“Get Me To The Church On Time”をベースにして組み合わされて出来ているのが、三田村管打団?の“おめでとう”です。

iTunes – ミュージック – 三田村管打団?「!」

“おめでとう”は、元々サックスの井上(現・澤井)まりの結婚式の際の演目としてバンドが用意したもので、メンバーの間では“まり婚”と呼ばれています。アルバム「!」に収録されており、ライブでも頻繁に演奏される重要なレパートリー。

僕が“Get Me To The Church On Time”を初めて聴いたのは、フランク・シナトラのバージョン。

「My Fair Lady」は名前は知れども内容については一切知りませんでした。

メンデルスゾーンの“結婚行進曲”を聴いたことをきっかけに、「My Fair Lady」において“Get Me To The Church On Time”がどのように歌われているのかが気になってきたので、この機会に、オードリー・ヘプバーン主演の映画「My Fair Lady」を観ることにしました。

「My Fair Lady」は、ヘプバーン演じる花売りをして糊口を凌ぐイライザが、言語学者のヒギンズ教授による厳しいレッスンを受けることでコックニー訛りを克服し、スラム暮らしの花売り娘から立派なレディへと転身していく物語……と思って観ていると、物語の終わり近くからイライザとヒギンズの間で「男と女の駆け引き」が始まり、それまでの上り調子のストーリーは、重く低空飛行をし始めます。

映画を観る前、ストーリーも歌詞の内容も知らなかった僕でも“I’m getting married in the morning. Ding-dong, the bells are going to chime”の辺りはなんとなく聴き取れたので、きっとイライザが物語の後半で結婚することになって、浮き浮きしながら歌い踊るんだろうと思い、その場面を待ち構えながら観ていました。スラム暮らしのイライザがヘプバーン過ぎてレディに転身した際の飛躍感が弱いなぁ、これだったら「ノックは無用」の魅惑の……などと考えながら。

映画は第1幕と第2幕に分かれており、第1幕の後半でイライザに惚れ込む紳士・フレディが現れます。この男が結婚相手かな、と思いましたが、彼女に会いたい一心で家の前をウロウロする彼にイライザは一切会おうとせず、完全にスルーされてしまいます。

第2幕、大舞台で本物のレディと周囲に認めさせたことで大喜びしているヒギンズ教授。しかし、自分をひとりの女性として見てくれない彼に哀しみと怒りを爆発させ、イライザは家を飛び出します。そこで、相変わらず家の前をウロウロしていたフレディと再会します。さあいよいよ二人が結ばれるのか、と構えて観ているものの、イライザは殆ど気にかけない様子。必死にフレディが食い下がるも、一方的に振り回されているだけで、彼の存在感は薄まるばかり。

元いた馴染みのスラムへ行くも、美しく着飾った彼女がイライザだと気付くものも無く、偶然再会した父親は、それまで娘に金をせびりにくるようなその日暮らしだったのが急に羽振りが良くなってはいたものの「お前を引き取るつもりはない」ときっぱり。彼女は行き場を失います。

……と、待ちくたびれているうちに歌のことも忘れて油断していたら突然“Get Me To The Church On Time”が始まります。歌うはイライザ……ではなく、彼女の父・アルフレッド。

“I’m getting married in the morning”を「私、朝には結婚するのよ」と華麗に歌うのかと思ってたら、「わしゃ、朝には結婚するぞい」と酒の匂いを漂わせながらコックニー訛りでがなるように歌っているのでした。しかも全然幸せそうじゃなくて、「年貢の納め時」臭をプンプン漂わせています。まるでトリックに引っかかったような気分で、しばし唖然とアルフレッドの歌い踊る姿を眺めます。

“Get Me To The Church On Time”は、文無しながらも自由な身分を満喫していたアルフレッドが意図せず大金持ちとなり、長年連れ添っていた女性から結婚を迫られ、“責任”にがんじがらめになってしまうことを呪いつつ、最後の夜を酒場で馬鹿騒ぎする、という曲でした。

前述の通り、“おめでとう”は、“Get Me To The Church On Time”を基本に構成されています。切れの良いドラミングに乗せて、アルフレッドののしのし歩く姿を連想させるようなどっしりしたブラスサウンドが快活に行進します。

管がひとしきりテーマを吹き終えると、打楽器のみの演奏となり、やがてブレイクと共に“結婚行進曲”の有名なフレーズが現れます。しかしそれは同フレーズ8小節中後半の4小節のみで、出てきたと思ったらすぐに終止し、間もなく“婚礼の合唱”に切り替わります。こちらは8小節しっかりと演奏され、間を空けた後、A#→B→Cとキーを上げながら“Get Me To The Church On Time”へと戻って行きます。

演奏が大いに盛り上がったところで、再び“結婚行進曲”の後半4小節が出てきて曲は終わりますが、ここではさらに4小節が2小節の中に圧縮されて、あっという間に終わってしまいます。

このように、“おめでとう”における“結婚行進曲”は、“婚礼の合唱”で盛り上げるための前振りと、曲のエンディングを飾るための小ネタのような扱いになっており、ともすれば“婚礼の合唱”にその存在を覆い隠されてしまいそうなほどです。事実、「結婚式の有名な曲」を「結婚式の有名な2曲」であることを自覚していなかった時には、正直、気付きませんでした。

さて、その“婚礼の合唱”。

「ローエングリン」第三幕、前奏曲に続いて歌われる“婚礼の合唱”は、謎の騎士・ローエングリンとブラバンド公国の公女・エルザの結婚のシーンのためのものです。エルザの危機の前に現れたローエングリンは、自分の素性を問わない条件で彼女を救いますが、第二幕の時点で彼女はオルトルートという魔女にそそのかされ、謎の騎士の正体が知りたくて仕方がないという状態になっています。そして“婚礼の合唱”の後、二人きりとなる場面で彼女は禁忌を破り、正体を明かしたローエングリンは彼女の元を去り、エルザはショックのあまり絶命してしまいます。

「ローエングリン」の元ネタは、アーサー王物語に登場するエピソードに着想を得ていますが、こちらでは結婚後、二人の子を生み、育てた後に去ることになっています。どちらが不幸かは意見の分かれるところでしょうが、悲しい結末であることには変わりありません。

日本では、命を救われた動物が人間に化けて恩返しに来るという昔話は少なくありませんが、中でも、命を救われた狐が美しい女性に化け、子どもも生んだ(後の安倍晴明と言われています)ものの、正体がばれて夫と子を残し森へ帰っていく「葛の葉伝説」が近いかも知れません(救われた側が謎の女性、という捻れはありますが)。名前がバレるごとにどんどん幸せになるトゥーランドットとここまでの差が開いてしまったのは、国民性によるものなのでしょうか。

さきほど“歌われる”と書きましたが、“婚礼の合唱”はタイトル通り歌詞が付いています。

“真心をこめてお進みください
愛の祝福のあるところに!
勇気と愛と誠実から
真の契りが生まれます。
徳高き戦士よ、前へ!
美しき花嫁よ、前へ!
婚礼の宴は終わりました
心からお喜び下さい!
芳しき愛の寝室に
さあ、灯火を逃れてお入り下さい。
真心をこめてお進み下さい。
愛の祝福のあるところに!
勇気と愛と誠実から
真の契りが生まれます”

魅惑のオペラ 20 ワーグナー ローエングリン (小学館DVD BOOK)より抜粋)

婚礼にふさわしい、いかにも神々しい内容ですので、確かに結婚式にはふさわしい曲と言えますが、その後の(イデオンを200年先取りしたかのような)登場人物が次々と死を迎える展開は、精神的にもなかなかの重量感です。

3曲のうち唯一“結婚行進曲”のみが、完全に明るい曲です。ドタバタ喜劇の末に「みんな元の鞘に納まって幸せになりましたとさ」といった流れで結婚式を迎え、大団円で幕を閉じます。そして、3曲のうち「歌詞がない」のも、この曲だけです。

どのジャズバンド、ブラスバンドもそうですが、三田村管打団?も歌ものを器楽アレンジでカバーすることが多く、人気曲“キネンジロー”を始め、原曲にあたるとボーカルが入っていた、という例は枚挙に暇がありません。“結婚行進曲”が脇役となっているのは、管で演奏する場合の面白さに欠けていたということも考えられるでしょう。

そう言えば、ジャンルレスで何でも雑食的に取り上げる三田村管打団?の数あるレパートリーの中で、クラシックがモチーフになっているのはこの曲だけかも知れません。もしかすると過去に演奏していた曲、曲中にフレーズが潜ませている場合などはあるかも知れませんが、明確に奏でられているのはこの1曲のみです。

メンデルスゾーンとワーグナーは、共に「ロマン派」と呼ばれる時代の作曲家で、メンデルスゾーンは1809年生まれ、ワーグナーは1813年生まれとほぼ同世代。メンデルスゾーンは劇付随音楽「夏の夜の夢」を1843年に作曲。34歳。ワーグナーの「ローエングリン」は、1848年完成で36歳。どちらも同じ年頃に作曲されていますが、早世だったメンデルスゾーンは「ローエングリン」完成前の1847年にこの世を去っています(ちなみに、「My Fair Lady」がブロードウェイで初演されたのは1956年)。

裕福な家庭に生まれ、若い頃からルックスにも才能にも恵まれていたメンデルスゾーンと対照的とも言えるワーグナー。同時代に生きながら、不仲で、スタイルも対象的。そして後にヒトラーに愛される側と排斥される側(メンデルスゾーンはユダヤ人で、ワーグナーは「音楽におけるユダヤ性」という著書で自身のレイシズムを奮い、互いに死後も“ユダヤ・反ユダヤ”の文脈で語られ続けています)に分かれるという相反する存在でありながら、離れ難き宿命的なものを感じてしまいますが、二人が同時期に結婚式のスタンダードを生み出したことにも、何かそういった深い縁が作らせたのではないかと勘繰ってしまいます。

そういう意味では、両曲の“引き”の強さは尋常ならざるものがあり、「この2曲を同時に演奏することは、結婚式に非常に向いている」と言えるでしょう。夫婦は、性格も趣味も同一の者同士よりも、正反対でありながら、互いを補完しあう方が強く繋がるのではないかと思います。メンデルスゾーンとワーグナーの関係は、見方によっては夫婦の理想像に見えなくもありません。

そして、この曲はおめでたいのかそうでないのか、についての結論は、“おめでとう”の土台とも言える「My Fair Lady」内の名台詞に全て集約されているのでした。

“レディと花売り娘の違いは、どう振るまうかではなく、どう扱われるかにあるんです”

結婚後のご夫婦の、円満の秘訣としても使えるのではないでしょうか。

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