2014年1月26日・ほ〜ぷ軒わくわく試聴会再開によせて

第五回“いい試聴機”で聴こう!ほ〜ぷ軒わくわく試聴会フライヤー

確かにひとつのパーティーに行くと、いろんな音楽が流れて、いろんな人が踊ってるけど、でも実際には全然なんでもアリじゃないわけですよ。Twitterで何でも発言できるって言っても、「原発推進」とは言えないし、フェスに行ってもフェスみたいな格好をしなくちゃいけないし、まったく何でもアリなんてことはなくて。絶対交わらないものを交わらせなければ、何でもアリにはならないっていう風にハードコアに考えているんです。
<引用元:2012年の菊地成孔 -インタビュー:CINRA.NET>

「“いい音”を聴こう!ピュアオーディオ視聴会」を2010年に始めた時、音楽マニアックな人たちとピュアオーディオを結びつければ、まだ誰も見たことが無い未知の世界が開けるんじゃないだろうか、と、ある種邪悪な実験にでも取り組んでいるかのような胸の高鳴りを、何も起こらないんじゃないかという恐怖による動悸の激しさを上回る勢いで感じていました。ものすごく近くにあるようで、実はものすごく遠くにいると感じている二者を。

結果としては、おそらく参加いただいた多くの人に未知の世界を提示出来たのではないかと思いますが、「しかし何も起こらなかった」というのも事実です。個人レベルでは「何も」どころか、このイベントをきっかけに沢山の方とお会いする機会を得、沢山のことを勉強させていただきました。しかし、世の中にどれほどのインパクトを与えられたかと言うと、「しかし何も起こらなかった」レベルです。

始めは「僕らよりも若い世代に、“いい音”とは何か,をきっちり再定義してもらうためのきっかけづくりをしたい」という思いで始めました。それは誰もやらなかったことで、誰にも出来なかったことでした。今その役割はヘッドフォンの世界が全てになっていますが、これはヘッドフォン業界が頑張ったから、というだけではなく、デスクトップオーディオ業界が底無しに怠惰だったからです。

話を戻します。
僕は若い人に「いいオーディオで聴くと、今まで聴いていた音楽がさらに楽しく、面白くなる」という体験をしてもらいたい、その気持ちが多くの人に伝搬してほしい、そのことでオーディオ業界と音楽業界を合わせて底上げする一助としたい、というところに留まっていましたが、「ピュアオーディオ視聴会」でホストを務めていただいたA&M三浦篤社長は「ミュージシャンの人たちに、どうか良い録音をしてほしい」というメッセージを絶えず発信していました。それは、オーディオがいくら良くても、録音自体が駄目ならいい音で聴けるわけが無い、というオーディオの根本を付いたものでした。氏は、近年のデジタル配信の(一部のオーディオマニアの間だけで盛り上がっているにも拘らずまるで隆盛を極めているかのような錯覚に陥っている)局地的な高音質ブームへの不振・不安・抵抗・怒りから来るものでもありました。

國崎 : 特に90年代ですね。だからと言って、音が悪いってわけじゃないんですよ。16bit/44.1kHzがダメってことじゃなくて、フォーマットよりも、曲がいいとか演奏がいいとか、ミックスがいいとかっていうほうが上回るんです、どっちかっていうと。(中略)スペック至上主義的なところがあるんで。「こういうフォーマットです」っていうことのほうが音がいいってなっちゃいますけど、そこは、OTOTOYさんとしても、「器(データ・フォーマット)だけじゃないんだ」ってことをもうちょっとうたっていかれるべきかなあと。
<引用元:DSD SHOP開催記念!!DSDの今と未来を語りつくす編集長鼎談 – OTOTOY>

音楽マニアックな人(主に、アンダーグラウンドに接するアンテナを持ち、ライブハウスなど“現場”にも頻繁に足を運んでいる人)に対しての“いい音”に辿り着けない弊害のひとつは、コストの問題でオーディオ機器が揃えられない、そもそもオーディオ機器の意味が分からない、ということでしたが、こちらは「“いい試聴機”で聴こう!ほ〜ぷ軒わくわく試聴会」という“場”さえあればある程度解消されることは分かりました。しかし、本質的な問題として「ライブハウスの音が悪い」「録音が悪い」は積み残されたままになります。三浦社長はこのうち「録音が悪い」を突いて来たわけです。「ライブハウスの音が悪い」に関しては、旧グッゲンハイム邸、epok、UrBANGUILDで「ピュアオーディオ視聴会」を開催することで少しは踏み込んだとは思いますが、しかしこの程度が限界かもしれません。

一方で、インディペンデントでも“いい音”の盤は沢山あり、むしろメジャーリリースの方がテレビ/ラジオ/ポータブル対応で音を潰しているケースが多いほどでした。しかしこうなると今度は聴き手の環境が問われてくるわけで、事実、試聴会で聴いて「こんなにいい音だとは思わなかった」と驚かれる方も少なくありません。

結局はこの「気づき」を積み重ねることで、録音の良し悪しを知り、聴き手が良い音を望み、作り手も良い音で録音し、オーディオ機器も自分なりに徐々にグレードアップしていく……というサイクル(つまり今までの「どうせラジカセやmp3、YouTubeで聴いてる→ちゃんと録らない→聴き手のちゃんと聴かないから気付かないしどうでも良い→再生機なんて何でも良い」とは正反対のサイクル)を生み出していくしか無いのでしょう。

もうひとつ。僕は、自分の試聴会を「音楽が好きな人のためのオーディオ試聴会」というような言い方をすることがあります。しかしこれは、間違っている、あるいは何も言っていないのと同じことです。果たして音楽が好きじゃない人がオーディオに手を出すなんてことがあるんでしょうか。よく「オーディオマニアは鉄道の音を録音して聴いてる」なんてことを耳にしますが、そんな人が多数派だとも思えません。つまり、オーディオメーカー・オーディオショップの顧客は、全て音楽好きということですが、では何故、僕の周囲にいる音楽好きの人、ライブハウスで遭遇する、1日中音楽のことばかり考えてるんじゃないかと思えるような音楽中毒の人たちに、オーディオの世界は“袖触れ合う他生の縁”すらないのでしょうか。

僕があえて「音楽が好きな人のためのオーディオ試聴会」と、ある種オーディオファンを敵に回すような挑発的なことを言うのは、決してオーディオファンを敵に回す意図があるわけではなく、どちらかと言えばオーディオメーカー・オーディオショップの至らなさを突いているわけです。何故、あるはずのニーズを拾い切れていないのか。オーディオとは単なる商売道具なのか。音楽と同じ「文化」という側面があるのではないのか。その「文化」を育てる気概はないのか。少なくとも、僕がご一緒させていただいているA&M、アサヒステレオセンターの二社には、その気概を強く感じています。

前置きが長くなりましたが、本題に入ります。「“いい試聴機”で聴こう!ほ〜ぷ軒わくわく試聴会」は、始めから「まだ誰もやったことが無いことがやりたい」というバイアスがかなりかかっています。杉本くんと僕は全く同じ考えではないと思いますが、天の邪鬼さは僕以上に強い(そして実は極度なサディストであるということを時折見せつけて悶絶させてくれる)彼のことですから、安全牌を取る、同じことを繰り返すことに関心が無いのは同じでしょう。結果、過去の試聴会では,2010年以来ほぼ毎回のように、前例の無いことに取り組んできました。

今回、再開するにあたって、1月に設定したのは仕事の都合や気分的なものからですが、1月と決めた時点で僕の頭の中には日野さんの名前が真っ先に浮かんでいました。それは、今年1月の試聴会でepok構成メンバーたちと年間ベストアルバムを聴き合っていた時に、日野さんが持って来てくれていた音源が、最もオーディオイベントの壁を切り裂く鋭利さと攻撃力が備わっていたと感じたからでした。

その日野さんが、2013年にbonanzas、goatとしてアルバムをリリースし、カセットテープレーベルをスタートしたことに気付いた時には、「試聴会にゲストを複数人呼ぶ」アイデアは消え失せ、「オーディオイベントでカセットテープをかける」ことの魅力に取り憑かれ、毎回オーディオセットを用意していただいているアサヒステレオセンターさんに「カセットテープの再生機ってありますか」とTwitterで即DMしていました。

当然ながらgoatのアルバムとgoat/bonanzasのライブが強烈なインパクトを与えてくれていたこともあってのことですが、先日杉本くんと話していた時に、そのgoatのアルバムが、ある意外な状況をバンド周辺にもたらしているということを聞き、まさかそこまで計算していませんでしたが、それが見事に試聴会のコンセプトともシンクロしていたので、この話は僕らの試聴会でこそすべきだろう、と、イベントが当初想定していたものよりもさらに深く、面白いものになることを確信せざるを得ませんでした。

というわけで、今回の試聴会では、goat「NEW GAMES」を最重要作として取り上げられることになるかと思いますので、皆様におかれましては「NEW GAMES」をHOP KENでお買い上げいただき、どんな話になるのか当日まで想像を膨らましておいていただければ幸いです。

勿論人によって面白さは様々ですが、この話にちょっとでもくすぐられた方なら面白がっていただけるのではないかと推察します。ですので、くすぐられた方は、くすぐられた分だけでもHOP KENに顔を出していただければ、何か得るものがあるのではないかと思います。

ほ〜ぷ軒わくわく試聴会は今後も続けていく予定ですが、毎度その時やりたいことをやり尽くす勢いでやってますので、次回のスケジュールも内容も真っ白です。会場ではアンケート用紙をお配りしますので、そちらに感想やご意見、ご要望、今後やってほしい企画など書いていただいたり、もしくは直接お訊かせいただけたら、より充実した試聴会が出来るのではないかと考えております。

ともあれ、2014年1月26日(日)のお昼は、HOP KENへどうぞお越し下さいませ。

いい音を楽しむオーディオBOOK (SEIBIDO MOOK)
いい音を楽しむオーディオBOOK (SEIBIDO MOOK) 上田 高志 成美堂出版 2011-12-02

売り上げランキング : 57320

Amazonで詳しく見る by G-Tools

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください